僕は、悪い子だから仕方ないんだ。
 日野沢村村立日野沢小学校、校庭。
 その片隅の古びたブランコを小さく揺らす少年は、頭をわずかに項垂らせながら白いため息を吐いた。
 秋の夜の空気は、肌を切るように冷たい。
 かすかに青白い月明かりが、それを煽る。
 村を囲む山々は、赤や黄色に燃えているが、空の少し欠けた月は、その鮮やかな色合いさえも喰らい尽してしまうかのように輝き、首を垂れる少年の周囲を明るく照らしていた。
 少年は、冷え始めた指先に息を吹き掛ける。
 その息はどこか小さなため息にも似ていた。
「でも、サヨナラしたくないな」
 つぶやき、少年はブランコをわずかに揺らした。
 金具のきしみが人気のない校庭に溶けて消える。
「どうした、坊?」
 だが不意に、男の声が響いた。
 ただ静かなだけの夜の校庭の不気味さを破る、凛とした男の声に促されるようにして、少年はうつむかせたままだった顔を上げた。
「犬神の、おじさん!」
 少年は、瞳をわずかに丸くした。
 少年の正面に佇んでいたのは三十半ばほどの男で、休みの日のサラリーマンのような姿をしていた。首回りのボタンを無造作に外したシャツとツイルのパンツ、だが少年は男のその姿にわずかな違和感を覚えた。
「山から降りてくるなんて珍しいね」
 だが男は、不愉快そうに少年に近寄る。そして軽く少年のこめかみに二つの拳を当てると、勢いよく力を込め、少年のこめかみを拳でぐりぐりと押しつけた。
「お兄さん、だ!」
 ふんと一度鼻息を荒く吹き、男は少年を解放する。それからタバコを一本胸元から取り出し、火をつけないまま口元にくわえた。
「山に居たくねえ時もあるんだよ」
「へえ」
 こめかみに走った痛みのせいで、少しばかり涙声になりながら少年は答えた。
「で、坊はこんな真夜中にどうしたんだ?」
 問われ、少年は一瞬表情を曇らせる。
 そうして見下ろす男を視界から外した。
「おじ……お兄さんはその、寂しくない?」
「何が?」
「……一人で……」
 少年は、小さくぼつりと言う。
「坊は今、一人で寂しいのか?」
「違う。でも春になったらサヨナラだから」
 地面を軽く蹴り、少年はブランコを揺らす。
「ほら僕、中学生になんてなれないでしょ」
 その言葉に男がかすかな反応を示した。
 少年は、それを視界の片隅でちらりとうかがう。
「皆に忘れられてしまうのって怖いよね?」
 そう吐き、少年はブランコを揺らし続けた。