ものごとの意味や意義を相手に伝えたいときや自分にとって意味がはっきりと把握できないとき、‘百聞は一見に如かず’のようなたとえをよく使います。このような‘たとえ'や‘他のものに見立てる'ことなどにより、言葉の訴える力を強くする技術を‘レトリック(修辞rhetoric)’といいます。レトリックは古来、人を説得するための雄弁術から出た‘言葉を効果的に使う’技術であり、小説や詩など文学やプレゼンテーションで多用されてきました。一方、論理を重んじる自然科学や社会科学の世界では、レトリックは、自分の主張を通すために事実を誇張したりまた歪めるものと考えられ、むしろ敬遠されてきました。
しかし近年、我々の生活の中でレトリックが日常的に使われていることやまた新しい考えや現象を理解するための枠組みとなっていることが注目され、記号論や認知工学で取り上げられるようになってきました。8章では、レトリックについて基本的な知識を整理してみたいと思います。
本章は、『初心者のための記号論』の「修辞的言葉のあや」に対応します。
8.1 レトリックは目立たないが重要な表現方法である
記号は、それが意味また指し示すものや現象そのものではなく、その代わりとなるものです。そこから、記号の発信者が意図したものごとが、記号の受信者に伝わりやすいかどうかつまり記号の様相(モダリティ)が問題になってきます。記号の発信者は、記号の様相を高めるため、いろいろ工夫しますが、その一つにレトリックがあります。一方、記号の受信者にとっては、その記号の意味することや発信者の意図を正確に把握するためには、記号表現の作成に使われている技術についての知識が必要です。記号の表現法としてのレトリックを記号論で取り上げる意義は大きいと思います。
レトリックは修辞または修辞学と訳されていますが、ほとんどの本でレトリックという用語を用いていますので、ここでもそれを使用します。なお、レトリックには論文や発表(プレゼンテーション)の構成方法(例えば、起承転結)も含まれますが、本章ではそれには触れません。
レトリックは、人々を説得するための言葉づかいや人を引きつける文章の書き方として、言語に関連した分野で発展また分析されてきました。小説や新聞から例をいくつか拾ってみました。
シェークスピア『ヴェニスの商人(中野好夫訳)』の中での、アントーニオの友人のソレイニオとサレーニオの会話です。
噂という目に見えないものを口軽婆と表すことにより、噂が広まりやすいことまたあまり信用がおけないことを読者にイメージさせます。
では、第5幕でのロレンゾとジェシカの会話から、ロレンゾのせりふです。
風と接吻という余り関係のない言葉を組合わせることにより、気持ちの良い夜という印象が強められています。
このように、一見関係のない言葉を組合せることにより、読者に新しい意味を喚起させる方法は、小説だけに使われている技法なのでしょうか。いえ、気が付かないだけで、我々のまわりに、そのような言葉の使い方は沢山あります。
つぎは、朝日新聞の『天声人語(2007.10.25)』からの引用です。大きな目が印象に残る、昨年亡くなった岸田今日子に触れながら、文部科学省の学力調査を論じた記事です。
子供にとって分かるということの喜びが大きいことが、上の文に良く表れています。
このような言葉の使いかたは、我々の日常生活でも頻繁に使われています。例えば、星座に‘かに座’、‘てんびん座'、‘さそり座'などの名前が付けられていますが、星の集まりと形から連想される名称を結び付けるレトリックの一種だと捉えることができます。
8.2 4種類のレトリックが主に使われる
レトリックに関するテキストと言えるものに、佐藤信夫の『レトリック感覚』、『レトリック認識』があります。これには、レトリック技術の歴史や体系が豊富な例を用いて、説明されています。本節は、これらのテキストに基づいて、基本的なレトリック技術について、概説したいと思っています。興味のある人は、『レトリック感覚』を読んで下さい。
レトリックには、研究者によっていろいろな分類法があるようですが、‘直喩'、‘暗喩'、‘換喩'と‘提喩'の4つは共通しているようです。
(1)直 喩
ものごとを説明する場合、上手く説明できないばあいや説明できたとしても冗長になりそうな場合、そのものごととある点で似ている別のものごとを表す言葉で説明しようとします。とっぴな例ですが、UFO(未確認飛行物体)はいろいろな型が報告されていますが、それらには我々が良く知っている名称が付けられています。図8.2は土星型ですが、その他、皿型、円柱型、球型、半球型、ブーメラン型‥‥とイメージを具体化しようと多くの名称が使われています。
このように、伝えたい言葉とそれと何らかの類似関係をもつ別の言葉を‘のような'、‘みたいな'、‘のようである'などで結び付けて、言いたいことを分かりやすく伝える手法を直喩といいます。
直喩の例を、『レトリック感覚』(a)と山根正明『比喩と理解』(b〜d)から引用します。法王ボニファキオ八世の生涯の輪郭は、単なる経歴よりもaの記述の方がいきいきと伝わるのでないでしょうか。
直喩の働きを、図8.3のように整理してみました。伝えたい記号(言葉)の表現をX、内容をx、それと類似関係をもつ別の記号の表現をY、内容をyとします。xを伝えるためにX単独では充分でない場合、それと類似点をもつyを表現するYに結び付け、元の記号を補強したり、拡張したりします。
直喩は、類似関係をもつ二つの記号を結び付けるものですが、佐藤信夫は逆に、直喩により二つの記号に類似関係を作り出すこともありうると言っています。これは、発想法に直喩を使えると可能性を示唆しています。実現されていますが、壁に掛かる絵のようなテレビ、携帯電話のような手軽に持ち運べるテレビ‥‥。
(2)暗 喩(メタファー)
次のような表現方法を検討の対象とします。
これらは慣用句となっているため、余り違和感は感じられませんが、よく考えるとおかしいですよね。例えば、aは会議である議題を討議していたら、誰かの発言で別の問題が出てきた場合などに使いますが、会議のさなかに蛇が出てきませんよね。しかし、困ったというイメージは浮かんできます。
伝えたいものごとの内容を想起させるまったく別の言葉を用いて、表現を強める方法を隠喩(メタファー)といいます。cの場合、現在の政治資金規制法では、政治資金の流れを正確に把握できない、漏れがあることをイメージ化するために‘ざる'という言葉が使われています。この隠喩の働きを図で表すと図8.4にまたパースの記号論で挙げた記号の三角形で表すと図8.5となります。目的とする記号内容をあらわすのに、字義的にはまったく別のものであると別の記号表現を用いるのが隠喩また次に取り上げる換喩の特徴です。
(3)換 喩
隠喩は伝えたいことを何らかの類似関係をもつ別の記号で表現するものですが、隣接性(または近接性)に基づくレトリックもあります。これを、換喩といいます。佐藤信夫、山根正明は換喩の例として、次の俳句を挙げています。
| 換喩の定義 | ものごとAがA1、A2、‥‥Anの論理積で構成されているとき、AとAi、AiとAjは隣接性の関係にある
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| 換喩の型 |
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パースは、記号を類像記号、指標記号、象徴記号の3種類に分類しましたが、図8.6の換喩は指標記号の機能をになうものだと言われています(『比喩と理解』)。
(4)提 喩
換喩と同じく、指標記号の機能を持つものですが、二つの記号の関係が集合とその要素となるレトリック(比喩)は提喩に分類されます。例を挙げてみます。
換喩と同じように、提喩の定義と型をまとめてみました。
| 提喩の定義 | ものごとAがA1、A2、‥‥Anの論理和で構成されているとき、AとAi、AiとAjは提喩の関係にある
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| 提喩の型 |
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提喩の働きを図8.7に示します。
暗喩、換喩、提喩はその境界が曖昧ですし、またその定義にもバラツキがあります。記号を生成また解読する分析者は、あまりその区分にこだわることなく、記号が字義的にしめす意味の他に、なにか別のことを意味しているではないかという視点をもつためにレトリックという技法を利用すればよいのではないかと思います。
この節の締めくくりとして、レトリック(比喩)が使われる理由をもう一度、整理してみます(『レトリック感覚』より)。
8.3 レトリックは視覚表現にも多用されている
(1)絵画におけるレトリック
南雲治嘉の『視覚表現−コンピュータ時代のベーシックデザイン−』は、デザインに関する基礎的&体系的なテキストですが、その中の「作品はメッセージ」という節に、次のような一文があります。
メッセージを伝える一つの方法がレトリックであり、多くの作品の中に見出されます。図8.8の少女は誰だと思いますか(これはNHKの『迷宮美術館』の中で出された問題です)。答えは‘シンデレラ'です。かぼちゃは馬車に、はだしは靴を失くしたことと結び付きます。これは、換喩と言えます。
(2)企業広告におけるレトリック
企業広告においては、販売したい製品の性能や使いやすさが優れていることを、直接表現することはあまりなく、人、家庭や環境に優しいことを訴え、間接的に自社製品をPRします。このため、必然的にレトリックが多用されます。二つの例を挙げたいと思います。
8.4 意味の理解にはメタファー(隠喩)が大きな役割をはたす?
(1)G・レイコフとM・ジョンソンのレトリックへのアプローチ
レトリックとくにメタファー(隠喩という用語を使いたいのですが、ほとんどの本でメタファーという用語が使われているので、この節もそれに従います)が日常の思考や行動の中で果たす役割を、G・レイコフとM・ジョンソンが『レトリックと人生(Metaphors We live By)』の中で体系的に検討し、メタファーを見直すきっかけを作りました。
‘時は金なり(TIMAE IS MONEY)’という良く使われているメタファーがありますが、これによって次のようないろいろな概念が生まれています(『レトリックと人生』より引用)。
われわれの社会では、お金は限られた資源であり、限られた資源は貴重な品物であるから、‘時は金なり'、‘時間は限られた資源である'、‘時間は貴重な品物である'とメタファーによる概念は、次々に下位範疇に分かれていくひとつの体系(システム)を形作っていることになる。このように下位範疇化されていく関係が、メタファー相互の間の含意関係(entailment relationship)の特徴なのである。‘時は金なり'は‘時間は限られた資源である'を含意し、それが今度は‘時間は貴重な品物である'を含意するわけである。(引用おわり)
‘時は金なり'のように、ひとつの概念体系の頂点に立つメタファーは概念メタファーとも言われています。『レトリックと人生』では、概念メタファー群として「構造のメタファー」、「方向付けのメタファー」、「存在のメタファー」を提示し、多くの例を挙げています。
G・レイコフとM・ジョンソンは、このように概念の形成や行動にメタファーが大きな影響を与え、メタファーの本質は、ある事柄を他の事柄を通して理解し、経験することであると主張しています。
(2)瀬戸賢一のメタファーへのアプローチ
G・レイコフとM・ジョンソンが概念メタファーを基に、個々のメタファーをカテゴリー化するというトップダウン指向をとっています。一方、瀬戸賢一はボトムアップ指向でメタファーに接近しています。つまりメタファーの素材を五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を表す言葉におき、、われわれが日常意識せずに用いている多くの言葉はメタファーからできていることを、多くの例を用いて強調し、それらのメタファーの素材を言葉の発信者の立場から分類しています(瀬戸賢一『メタファー思考』)。その中でも重要なのが視覚に関する言葉であることから、図8.11のような構造をもつ‘空間のメタファー'を提示しています。
以上の説明は舌足らずですが、われわれの世界でレトリックがいかに多用されているか感じていただければ幸いです。
8.5 モデリングにもレトリックが使われている
(1)モデリングとレトリック
レトリックの役割の一つは、われわれの意識の中でまだ明確に捉えれたいないものごとを、それと類似点をもち、良く知っているなにかに例えて表現することによりその輪郭を明確にすることにあります。それは、注目している対象を(何らかの形で)モデル化することです。
第2章の「記号論的分析はシステムのモデル化?」で、湯沸しポットの水の温度の時間変化の解析モデル、とくに概略モデルの作成方法について検討しました。。
概略モデルの作成にあたって、湯沸しポットの本体での熱の収支を考えるため、ポットの形は考慮せず、熱容量と伝熱抵抗を属性としてもつ質点と見なして、モデル化しました。つまり、ポットが球形であっても、同じ熱容量と伝熱抵抗であれば同じ温度特性が得られると考えたわけです。これは、ポットでの温度変化を考えるための簡略化とも言えますが、(ちょっと強引ですが)レトリックとも考えられます。
モデルという用語は基本的には次のような用法に分けられます(『比喩と理解』)。
20人は栄養がじゅうぶんでなく
一人は死にそうなほどです
でも15人は太り過ぎです
すべての富のうち
6人が59%をもっていて
みんなアメリカ合衆国の人です
74人が39%を
20人がたったの2%を
分けあっています
すべてのエネルギーのうち
20人が80%を使い
80人が20%を分けあっています
このようなデータが統計数字で無機的に示されるより、100人の村の出来事に置き換えられることにより、身近なものになってきます。これも、レトリックによる効果です。 わが国における1990年代の不良債権問題から生じた金融危機を救うために投じられた7兆4592億円がどのような規模であったか、村上 龍は『あの金で何が買えたか』で具体的なイメージを提示しています。これも、たとえによる理解のためのモデリングと考えられます。