潮騒島について/プレイヤーキャラクターノンプレイヤーキャラクター

 物語の舞台 ~潮騒島について

 ここでは、「潮騒島の巫女」の舞台となる潮騒島について解説します。


◆概要

 潮騒島(しおさいじま)は伊豆諸島の南方約100kmに位置する、長径10kmほどの水滴型をした火山島です。
 島の中央に島の最高峰である潮騒大山(620m)があり、その西側は海岸線まで急斜面が続いています。したがって、島の西側には平坦な地形はほぼ無く砂浜もありません。また西側の海岸沿いは高さ50~100mの海食崖となっています。一方、島の東側は大山のふもとからなだらかな斜面が海岸線まで続き、南東側の海岸線は砂浜となっています。
 気候は冬でも半袖で過ごせるほど温暖で、椰子やガジュマルといった熱帯地方の木々が街路樹として植えられています。気温は真夏の最高気温が30~32℃程度、物語の時期である5月下旬でも28~30℃まで上がります。一方、最低気温は年間を通じて20℃を下回ることはほぼありません。


◆潮騒島村について

 潮騒島は全域が東京都潮騒島村に属しています。人口は約2000人で、主な産業は農業と漁業ですが、最近では観光にも力を入れています。
 島の人口のほとんどは南東部にある本町地区に集中しています。村役場や郵便局、診療所、学校、駐在所、商店や港など村の主な施設や建物も本町地区にあります。

・潮騒大山
 潮騒島の中央にそびえる潮騒島のシンボルです。
 典型的なカルデラ火山で、外輪山の外側斜面とカルデラ内部では景色が大きく異なります。
 外側斜面は亜熱帯性の瑞々しい森に覆われ、多くの野鳥や島固有の植物であるシオサイニオイエビネの群生地など豊かな自然が広がっています。登山道も整備され、多くの観光客が大山のトレッキングを楽しんでいます。
 一方、直径2km近いカルデラの内部は草木が生えておらず、荒涼とした大地が広がっています。カルデラ内部のあちこちから噴き出ている火山性ガスがその原因で、大山が今なお活発に活動している活火山であることを示しています。なお、火山性ガスは有毒で危険なため、カルデラ内部は立ち入り禁止となっています。

・境山(さかいやま)
 潮騒大山の南西、外輪山にある島の最高地点です。展望台が整備されており、ハイキングロードから階段で登ることができます。展望台からはカルデラ内側のほか、本町、遠くは三日月湾まで見渡すことができます。

・潮騒大山ハイキングロード
 近年になって整備された登山道です。波渡集落から晴香神社につづく参道(石段)からスタートし、潮騒大山をぐるりと一周して波渡に戻るコースで、大山を覆う亜熱帯性の森林や昭和噴火跡など潮騒島の自然を楽しむことができます。

・本町(ほんまち)
 島の南側に張り出した、三日月形の平地に広がる村の中心地区です。「巫女雛通り」と呼ばれる島のメインストリート沿いには、村役場や郵便局、駐在所、各種商店など島の主だった施設がも並んでいます。また南東側の海岸には白砂が美しい砂浜が広がっており、毎年夏になると島の内外から訪れる海水浴客やサーファーでにぎわいます。
 PCたちの通う潮騒島高校もここにあります。

・潮騒島高校
 島唯一の高等学校です。プレイヤーキャラクターはこの高校の2年生となります。
 全校生徒数は二桁、各学年も1クラスずつしかない小規模な高校です。本町の中心から歩いて30分ほどのところに位置し、高台の上にあるため校舎の屋上からは本町地区全体を眺めることができます。
 潮騒島高校の制服は、男子は白のワイシャツに赤色のネクタイ、緑のスラックス。女子は白のブラウスに赤色のリボン、緑のスカートとなります。冬服もあるにはあるのですが、一年を通じて温暖な気候なので身につける生徒はほとんどいません。

 潮騒島高校の部活動は以下のとおりです。
野球部/サッカー部/バスケットボール部/バレーボール部/テニス部/陸上部/剣道部/柔道部//科学部/美術部/文芸部/演劇部/手芸部/歴史研究部/料理部/新聞部

 潮騒島高校の委員会は以下のとおりです。
学級委員会/風紀委員会/放送委員会/保健委員会/図書委員会

 ただし、全校生徒数が少ないため、試合に必要な部員数がいない部活動や事実上活動していな部活動もあります。

・潮騒島港
 本土への連絡船の他、生活物資を運ぶ貨物船なども入港する、潮騒島の玄関口です。
 港周辺の岩場は釣りスポットとして知られ、多くの釣り人でにぎわっています。

・潮騒島村役場
 島の行政の中心です。役場の建物の中には村営図書館と観光案内所が併設されています。

・波渡(はと)
 島の東側、三日月湾に面している集落です。潮騒島唯一の温泉郷で、家永かずみの実家である「家永旅館」もここにあります。
 三日月湾は9000年前に噴火した噴火口に海水が流れ込んでできた小さな湾で、透明な水質から絶好のダイビングスポットとして知られています。また、沖合にはイルカの群れが集まることから、最近ではドルフィンウォッチングも盛んに行われています。

・晴香神社(はるかじんじゃ)
 潮騒大山の中腹にある神社です。潮騒島の守り神である巫女雛を祀る、島で最も古い建物です。
 社の中には、ご神体である高さ2mほどの大きな巫女雛像が安置されています。

・昭和噴火跡
 昭和二十七年に起きた「昭和の大噴火」で、外輪山南西側斜面にできた噴火口から流れ出した溶岩流の跡です。噴火口から海岸線までの広い斜面が黒く固まった溶岩に覆われています。草木がほとんど生えていないごつごつした岩場が広がる大地は当時の噴火の凄まじさを物語っています。

・昭和の大噴火について
 潮騒大山は活発な活火山であり、過去数百年の間に何度も噴火したことが記録に残されています。
 中でもいちばん最近で、かつ長期に渡って起きたのが「昭和の大噴火」と呼ばれる噴火です。
 昭和二十七年九月十七日午前。潮騒大山中腹の南西側斜面より噴火がはじまりました。斜面に出来た火口から大量の溶岩が流出し、また大量の火山灰の噴出が確認されました。
 潮騒村役場はただちに全島民に避難指示を発令、当時1000人ほどいた島民は近隣の島や本土から集められた船舶によって島の外に脱出しました。迅速な避難により噴火による死傷者はゼロに抑えられました。
 ですが、問題はその後でした。
 潮騒大島の噴火活動はその後20年もの長期に渡って続いたのです。全島の避難指示が解除されたのは昭和四十七年。しかし、当時の島民たちはすでに避難先で新たに生活基盤を築いており、潮騒島に戻ってきた島民はわずかしかいませんでした。その代わりに島にやってきたのが、新天地を求めて他の島や本土からやってきた移住者たちだったのです。
 現在の潮騒島の住民のほとんどが、移住者とその子供、孫の世代で構成されています。


◆巫女雛伝説と巫女雛まつり

・巫女雛伝説
 巫女雛伝説とは、潮騒島に昔から伝わる民間伝承です。
 むかし、潮騒大山に住みついていた人食い大蛇を巫女が神通力で退治するという内容で、やがて巫女は島の守り神として信仰の対象になります。島を歩いているとよく見かける高さ30cmほどの「巫女雛」と呼ばれる石仏は、その信仰の名残とされています。

・巫女雛まつり
 巫女雛まつりとは、6月の第2日曜日(本祭)とその前日の夜(宵祭)に開催される潮騒島の夏祭りです。
 村おこしの一環として20年前、当時の青年会の主催ではじまりました。現在は潮騒島商店街を中心とした巫女雛まつり実行委員会が主催しています。
 主な催しは、

・巫女雛神楽奉納
・潮騒島太鼓の演奏披露
・露店(商店街主催)
・潮騒島芋焼酎の試飲会
・ミニライブ(今年はアイドルユニット「RU・MOR(ル・モア)」が来島の予定)

 など。
 また、まつり期間中は島民が神職の衣装(女性は白衣に緋袴の巫女装束、男性も白衣に白袴か浅葱袴)を身につけて観光客を迎えます。島じゅうに巫女と神職(のコスプレ)が溢れかえる光景は色々な意味で圧巻で、これを目当てに訪れる観光客もいるとか。また、観光客向けに巫女装束の貸し出しも行っています。

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