サーバント・ドロイド


 近未来の日本。先進ネットワーク都市のモデルとして建設された実験研究都市・新桜花市。新桜花市建設を計画した多国籍企業マイクロエレクトロニクスグループは、ある日、自社の新製品のモニターを募集する。
 その新製品とは、新桜花市に高密度に張り巡らされたネットワークシステムと最新の超伝導技術を利用した自立型生活支援ユニット。2足歩行が可能な脚部ユニットと5本の指を備え人間並みの細かい作業が可能なマニピュレータを搭載し、人工皮膚に覆われて外見も人間と全く変わらない人型マシン、『サーバント・ドロイド』である。

 サーバント・ドロイド(以下SD)はマイクロエレクトロニクスグループが設計・開発したコンピュータネットワークシステム『ディジタルウェブシステム』と密接なつながりがある。サーバント・ドロイド自身には人工知能ユニットは搭載されておらず、基本的には各種センサと歩行ユニット、マニピュレータ、音声ユニット、超伝導電池、通信システムを備えた端末に過ぎない。SDシステムの中枢となるのは、マイクロエレクトロニクスグループ社にあるハイパーコンピュータ『マザー』であり、都市に綿密に張り巡らされたディジタルウェブ回線を介してドロイドをコントロールするのである。また、SDがユーザーとの共同生活で学習した事柄はディジタルウェブを介してマザーに送られ、他のSDの行動プログラムにフィードバックされる。
 このため、SDは基本的にはディジタルウェブシステムが完備された都市内のみでしか使用できない。新桜花市内であれば地下鉄などの地下施設にもディジタルウェブシステムの無線送受信アンテナが完備されているのでSDの使用に不自由はないが、街を離れ、ディジタルウェブシステムとの接続が切断されると、SDは機能を停止する。将来的には通信衛星を介し、世界中のどこでも使用可能とするシステムが計画されている。

 SDは前述の各種ユニットとそれを格納するセラミックス製の骨格で構成され、人間の骨格筋にあたる人工筋肉によって支持されている。さらにその外側を特殊な生体高分子膜で出来た人工皮膚で覆っている。人工皮膚の質感は人間の皮膚の質感と区別がつかないほど酷似しているが、「汗」を分泌しないのと破損しても自己再生しないのが大きな相違点である。ただし、人工皮膚の強度はかなり強く、38口径の拳銃で至近距離から撃たれても破損する事はない。
 毛髪も人工皮膚と同じく本物と酷似しているが、当然ながら伸びるということはない。爪も同様である。
 SDには女性型と男性型の2種類のヴァリエーションが存在する。両者には、基本構造に特に差異は無く、音声ユニットやセラミックス骨格、人工筋肉の一部を変更することで性差を表現する。髪型・肌の色・瞳の色など外見的特徴はユーザーの好みによって選択が可能。水色の肌、緑色の毛髪など自然にはありえないカラーも用意されている。ただし、セラミックス骨格は、人間の軟骨にあたる部分が伸縮する事である程度体型の変更ができるものの、当然ながら限界があり、身長1511o未満、及び1802o以上には設定できない。プロポーションは特殊なシリコンを人工皮膚の下にセットすることで自由に変更できる。
 外見は10代後半から50歳代までユーザーの好みで選択できる。ホクロ、そばかすなどの外見的特徴も指定可能。動物の耳や尻尾、角などのスペシャルオプションも用意されている。
 搭載されているセンサは視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の他、温度・湿度などユーザーの生活支援をするために必要なものを一通り揃えている。各センサ搭載位置は人間の感覚器官の位置に準じている(視覚:両目、嗅覚:鼻、聴覚:耳、味覚:口腔、触覚:人工皮膚)。なお、赤外線センサ・音波センサなどの特殊機器の搭載も開発当初には考慮されたが、コストの問題などから見送られた。したがって、センサーの能力は人間よりやや上といった程度である。
 1対のマニピュレータは5本の指と触覚センサがあり、人工筋肉によって人間の手と全く同じ動きを再現できる。片方のマニピュレータで最大40kgを持ち上げる事が可能。
 歩行ユニットは1対の脚部と腰部のオートバランスセンサで構成される。オートバランスセンサによって重心の移動が検知されると、修正のために脚部およびマニピュレータなどが全身の各部が自動作動、歩行時に転倒を防ぐシステムになっている。歩行/走行能力は平地で20km/h、登攀能力は30度。ただしマニピュレータを併用すれば50度の斜面まで登攀できる。
 音声ユニットは、人工声帯の使用でより人間に近い発音を再現できるようになっている。声色はユーザーの好みでプリセットが可能。声による感情の表現もできるようになっている。対応言語は日本語と英語。方言やオリジナル口調(語尾に「にゃん」をつけるなど)もオプションで対応している。なお、SDは本来の意味での呼吸は必要ないが、音声を発生させるためと、溜息などの感情表現、及び救命措置(人工呼吸)などのために口腔及び鼻部より吸排気が可能となっている。
 動力源はマイクロエレクトロニクスグループが独自開発した高性能超伝導電池で、1回の充電で連続12時間の稼動が可能(省電力モード、使用状況によって稼働時間は変化する)。冷却剤として液体窒素を使用する。充電は家庭用電源を使用。首の後に充電用プラグユニットがあり、専用のACアダプタで家庭用コンセントと接続する。
 通信システムは高速・大容量の専用デジタル無線通信回線を使用。マイクロエレクトロニクスグループのハイパーコンピュータ『マザー』とディジタルウェブシステムを介して接続される。送受信アンテナはSDの頭蓋骨全体に網目のように張り巡らされており、外見上アンテナは無い様に見える。ディジタルウェブシステムとの接続が切れた場合、SDはすべての機能を停止する。また、ユーザーは携帯電話を用いてSDと音声でのコミュニケーションをとることが可能(早い話が、SDに電話をかけることができる)。

 SDの主目的は、むろんユーザーの生活支援である。そのために必要な技能―炊事・洗濯・掃除などを滞りなく実行するための機能をSDはそなえている。しかし、初期状態のSDが出来るのはあくまで「基本的な」事柄だけであり、たとえば、「ユーザーの好みの味を再現する」といった独自性の強い作業を行うにはある程度の学習期間が必要となる。学習で得た情報はディジタルウェブシステムを介してマザーに蓄積され、他のすべてのSDにフィードバックされる。そのため、稼動しているSDが多ければ多いほど、SDの行動はより人間に近づくようになる。
 SDのボディは完全防水であり、洗濯や食器洗いのような水仕事はもちろんのこと、その気になれば風呂に入れることも可能。ただしSDの全身を被う人工皮膚は汗をかかず垢も発生しないので、洗浄をするなら普通の布巾で水ぶきするだけで充分である。なお、皮膚表面に湿度・温度センサが内蔵されているので例えば「洗濯物の乾き具合をみる」ことや「気温が低くなると暖房をつける」などといったことも可能。
 SDは各種調理道具を使用して料理をする事が出来る。調理可能なメニュー数は約1万種。口腔内に味覚センサが備わっているので、料理の際にはユーザーの指定した味を再現する事ができる。指定には味のもととなる各種成分を具体的に数値で入力することも可能だが、もっと一般的な指定方法―「この味は美味しかった」「もうちょっと薄味のほうがいい」など―にも対応している。SDは食事をとる必要はないが、食事という行為そのものは可能な構造になっている。食物は胴体内のタンクに一時保存され、後にまとめて廃棄される。
 また、SDは通常の生活支援の他に緊急時の救急救命処置もできるようになっている。止血処置、人工呼吸、心臓マッサージなどの他、自己の動力源を利用した電気ショックも内蔵されている。SDは異常事態にある人間を発見すると直ちに適切な救命処置を施すと共に、ディジタルウェブシステムを介して救急機関に連絡する。余談ではあるが、現在いくつかの医療/介護施設にて専用SDの導入が検討されている。
 SDには原則として戦闘能力は保持していない。ただし、ユーザーの安全確保と自己防衛のために最低限の格闘能力を有する。SDの機体構造はかなり頑丈に出来ており、人間の腕力だけで破壊するのはほぼ不可能といってよい。マイクロエレクトロニクスグループではVIP護衛用に機体各部にセラミック装甲を施し、スタンガンなどの護身用武器を装備したセキュリティ・モデルを提案している。
 以上に挙げた機能の他にも、金銭管理・家計運営システム、GPSを利用したナビゲーションシステム(街での買い物のために必要)など装備されている。
 このように多機能を誇るSDであるが、その性質上禁止事項とされている行為もいくつか存在する。盗難、傷害などいわゆる犯罪行為はむろんすべて禁止事項であるが、その他にもたとえばSDは乗り物を自ら運転する事は禁止事項とされている。これは運転中になんらかの事情によりSDとディジタルウェブとの回線が切断された場合、死亡事故を引き起こす可能性があるからである。禁止事項はユーザーの命令より優先されるようにプログラミングされている。

 今回モニターにリースされるSDは、製品コード『YSVD-003F/M』(Fは女性型、Mは男性型)と呼ばれる先行量産型である。生産数は102機。すべての機体にシリアルナンバが割り振られる。今回のモニタリングでは運用評価の他にSDの行動データの収集という目的もあり、モニタリングで得られた意見や情報をもとにプログラムや機体構造の修正を行い、来年の夏ごろの商品化を目指している。



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