ACT.2 to make the end of battle!


 「われの邪魔をするものは、人間であろうとSDであろうとすべて排除する!」
 Meグループ社の地下・マザー制御室。マザーにコントロールを奪われたゆ〜にぃ(ゆーにぃ)は銃口をSDたちの方に向けた。
 「くっ……」
 下田中将(しもだ・なかまさ)が思わず野門流の構えを取る。距離はおよそ5メートル。若干遠いが下田の瞬発力を用いれば決して飛び込めない距離ではない。
 「……しかし、ゆ〜にぃさんを破壊するわけにはいかない……」
 その言葉は、図らずもこの場にいる全員の気持ちを代弁するものだった。ゆ〜にぃは右手に拳銃、左手に血まみれの日本刀をもっている。どちらも人間の命を奪うのに十分すぎるほどの威力をもつ武器だ。また、リミッターを外したSDの怪力で振るわれる日本刀はSDの頑丈なボディにも致命的な打撃を与えられるだろう。
 しかし、現在ゆ〜にぃがマザーにコントロールされているということが、事態を複雑にしていた。ゆ〜にぃそのものの意志で動いているのであれば、やむを得ず打ち倒すという選択肢を取れるかもしれない。だが、今のゆ〜にぃの行動が、ゆ〜にぃの意志に反するものであるのなら、対処法に大幅な変更を加える必要が出てくるのだ。
 「ゆ〜にぃさんをマザーのコントロールから解放してやらなけれならない」
 しかし、これが『言うは易し』の典型的な事例であるということは、下田や、同じく武術を齧っている秋間顕一郎(あきま・けんいちろう)には十分すぎるほど分かっていた。
 (……どうすんのよ、下田ちゃん)
 バリツの構えをとった秋間が小声で聞いてくる。
 (どうするもこうするも、とにかく武器を奪って無力化して、後は電源スイッチを切るしかあるまい)
 (簡単に言うけど、あのコから武器を奪うのは一筋縄ではいかないわよ。全員で飛び掛ったとしても、一人は必ずあの世に行く羽目になっちゃうでしょうね)
 (ふむ)
 秋間の言葉に、下田はわざとらしく考え込んだ。(なるほどな。それでは自分が囮になるしかあるまい)
 「なっ……下田ちゃん!?」
 秋間が驚きの声を上げる。下田は「後は任せた」とだけ呟くと、床を蹴りゆ〜にぃとの間合いを一気につめにかかった。ゆ〜にぃがそれに反応し、すかさず右手のピストルを下田の胸にポイントする。
 その時だった。不意に、ゆ〜にぃの横で誰かが大きく手を叩いた。咄嗟にゆ〜にぃは音のした方に銃口を向ける。
 「!」
 そこには、両手を打ちつけた格好のまま舌を出している鬼杏(ききょう)の姿があった。すぐにコンソールの下に身を隠す。鬼杏の行動が自分の気を下田から逸らすためのフェイントだと気づいたゆ〜にぃは、あわてて下田の方に向き直る。
 しかし、すでに相手は眼前にいた。
 「うおっ……」「ぐっ……」
 銃声。一瞬はやく繰り出した下田の拳が、ゆ〜にぃの腕を跳ね上げていた。天井の蛍光灯を砕く弾丸。銃による攻撃を防がれたゆ〜にぃは、しかしすぐに左手の日本刀を振り上げた。危険を察知した下田が、右手でゆ〜にぃの左手首を掴む。
 「……これで攻撃できまい」下田がにやりと笑う。「伊達に夜宵と夫婦喧嘩をやっていたわけではないぞ」
 ちなみに「夜宵」とは、現在別居中の妻の名前である。野門流剣術の師範代という資格を有する夜宵との夫婦喧嘩は、常に古武術対日本刀(真剣)という構図となり、それゆえに下田は、素手で日本刀を相手に戦うことに慣れているのだ。もっとも、夫婦喧嘩の方と言えば、最後に夜宵が泣き出して下田がおろおろと謝るという結末を迎えるのが常だったが。
 だが、そんな下田にも誤算がひとつだけあった。
 「馬鹿な……押し返される……!!」
 渾身の力を込めているはずの下田の右腕が、徐々にではあるが押し返されているのだ。SDの機動に使われる人工筋肉は、リミッターを外したフルパワー状態では人間を遥かに超越した馬鹿力を発揮する。いかに鍛え上げられた下田の腕力を以てしても、それに抗するのは至難の業だった。
 「うわっ!!」
 ゆ〜にぃの左腕の一振りで、下田の身体が床に転がされる。勝利を確信した酷薄な笑みを浮かべるゆ〜にぃ。態勢を立て直すことが出来ない下田に銃口を突きつけ、引き金を引く。
 銃声が3発。だが、その弾丸が下田の身体に届くことは無かった。下田とゆ〜にぃの間に滑り込んだ鬼杏が、弾丸をすべて自分の身体で受け止めたのだ。
 「鬼杏!!」
 「だ、大丈夫です」
 反動で床に座り込んだ鬼杏の肩を、下田が抱き起こす。鬼杏の受けた弾丸はすべて防弾ベストで止まっており、鬼杏の身体に突き刺さることは無かった。
 「それよりも早く……ぐうっ!!」
 反撃を、と言いかけた鬼杏の肩に、日本刀が突き刺さる。怒りの形相を浮かべたゆ〜にぃが渾身の力をこめて突き出した一撃は、鬼杏のセラミック製の肩関節を粉砕し、背中の人工皮膚まで貫いていた。
 「鬼杏!!」
 「アンタの相手はこっちよ!!」
 秋間がゆ〜にぃに飛びかかる。
 「戦闘プログラムを凌駕する戦い方というものを学習させたげるわ!!」
 ゆ〜にぃは鬼杏から日本刀を引き抜き、再び態勢を整える。秋間は両手で頭と胸をガードしつつ腹の筋肉に力を込める。相手の攻撃を一発受けるのを覚悟の上での突貫だった。肉を斬らせて骨を断つ。とにかくゆ〜にぃに組み付き、首筋の電源スイッチを切るしかない。
 「……」
 しかし、ゆ〜にぃは冷静だった。秋間の捨て身の戦法を見抜くと、日本刀と銃での攻撃を諦め―いずれの攻撃でも一撃で秋間を打ち倒すことは不可能と判断した―代わりに回し蹴りを秋間の腹に見舞った。
 「おっと……」
 秋間は特にかわすことなく、そのキックを腹に受ける。下田と同じく鍛え上げられた秋間の身体には、この程度のキックでダメージを与えることはできない。それはゆ〜にぃも予想していた。目的は秋間にダメージを与えることではなかった。
 「ふん!!」
 「あ、ららら……」
 ゆ〜にぃが足に力を込めて秋間の身体を押し倒そうとする。むろんその程度で倒れる秋間ではなかったが、それでも予想外の攻撃に思わずバランスを崩して後ずさる。
 それが、致命傷になった。
 次の瞬間、ゆ〜にぃは左足を一歩踏み出し、日本刀を横になぎ払う。狙うはガードの緩んだ秋間の喉。不意打ちでガードを崩した後、必殺の一撃を見舞うというのがゆ〜にぃの目論見だったのだ。
 「貰ったあっ!!」
 ゆ〜にぃが叫ぶ。必殺の一撃。凡人であればまず間違いなく食らっていた剣の一撃を、しかし秋間はぎりぎりで避けることが出来た。格闘家としての本能が、無意識に上体を後ろに逸らしていた。だが、まさに数センチの差で喉を切り裂くことが出来なかった刃は、しかし貪欲に血を求めることをやめなかった。肉を切り裂き、骨を断ち切る鈍い音が制御室に響き渡る。
 「う、うわあああああああっ!!」
 秋間が左腕を押さえて地面を転げ回る。喉をえぐり損ねた日本刀は、代わりに秋間の左手を切り飛ばしていた。傷口から吹き出す鮮血。それを見ていたリュスカ(りゅすか)が、身を隠していたコンソールの陰から思わず飛び出した。
 「お兄ちゃん!!」
 「く、来るんじゃないよっ!!」
 激痛に耐えつつ叫ぶ秋間。しかしリュスカは構わず秋間に駆け寄ろうとする。その膝を、ゆ〜にぃの放った銃弾が砕いた。
 「きゃああ!!」
 悲鳴を上げ、秋間の傍に倒れこむリュスカ。
 「りゅ、リュスカ!?」
 「お兄ちゃん……」
 苦痛に顔をゆがめながらも、秋間の方に手を伸ばそうとするリュスカ。だが、秋間の身体に指先が触れる直前、新たな衝撃が彼女の身体を貫いた。
 いつの間にか近寄っていたゆ〜にぃが、リュスカの背中に日本刀を突きたてたのだ。
 「あ……で……ん……」
 目を見開いたまま何かを言おうとし、そのまま機能を停止するリュスカ。秋間は、その様子を、まるで信じられないことが起きているかのような表情で見つめていた。
 ゆ〜にぃが不敵に笑う。 
 「……さて、次は誰が相手だ?」

 

 一方。
 遠野賢治(とおの・けんじ)深大寺希(じんだいじ・のぞみ)、そしてSDのみるふぁ(みるふぁ)は、Meグループ社本社ビルの地下を全速力で駆けていた。
 「……けっこう、広いですね」
 走りながら遠野がぼやく。実際、本社ビルの床面積は途方も無い広さであり、さらに、迷宮のように入り組んだ構造が実際の移動距離をさらに長くしていた。みるふぁの誘導で道に迷うことが無いのが、唯一の救いである。
 「いったい、なんでこんな迷路みたいな構造にしたんですかね?」
 「本社ビルの設計には、マザーがかなりの部分で関わったと記録されています」前を走るみるふぁが振り向いて答える。「おそらく、マザーは自己防衛の為にこのような構造にしたのでしょう」
 「……このビルが建った時から、マザーはこの事態を予想していたのですか……」
 「ええ、おそらく」
 かくも長期的なビジョンを、マザーは描いていたというのか―みるふぁの返答に、遠野は暗澹たる気持ちを抑えることが出来なかった。自分たち人間が、何も知らずに日々の生活を過ごしているその地下で、マザーはその爪をひそやかに磨いていたのだ。新桜花市の建設やSDの開発も、そしておそらくはミーシャ葛原の暴走も、すべてマザーのシナリオだったに違いない。
 「……まてよ」
 そこまで考えた遠野は、ある一つの疑問に突き当たった。もし、マザーがそのような遠大なビジョンをもって行動しているというのなら、今、自分たちがマザーの暴走を止めるために制御室に向かっていることも当然予想しているのではないのだろうか。
 だとしたら大変なことだ―遠野は悪寒を禁じえずにはいかなかった。Meグループ社のビルに入ってからこっち、一度もマザーの妨害を受けていないというのもおかしいといえばおかしい。あるいは何か悪辣な罠が用意してあって、そこにおびき寄せているという可能性もある。それとも、これもマザーのシナリオの一部なのだとしたら、果たしてマザーは、いったい何を目的に行動しているのだろうか。人間とコンピュータを互いに敵対させるシナリオの先に、マザーは何を想定しているのであろうか?
 気がついたら、遠野の足は止まっていた。不審に思ったみるふぁと希が、遠野の顔を覗き込む。
 「どうしたの、賢治ちゃん」息を弾ませながら尋ねる希。しかし遠野は希を無視してみるふぁに歩み寄った。
 「みるふぁさん」
 「……と、遠野様?」」
 いつになく真剣な眼差しで見つめられ、ちょっととぎまぎしてしまうみるふぁ。
 「何か御用でしょうか?」
 「もしかして、私たちはとんでもない間違いをしているのではないでしょうか?」
 「……どういう、意味です?」
 みるふぁが尋ね返す。先ほど思いついた疑問を説明する遠野。
 「なるほど……」
 みるふぁが顎に指を当てて考え込む。「その可能性はありますね。私たちの行動はともかく、先に侵入した秋間様たちの行動は、もしかしたらマザーはすでに予想していたのかもしれません」
 「そうか……」
 「ただ」と、みるふぁ。「マザーの暴走を止めるために人間が侵入するというシナリオは想定してあったとしても、それにSDが同行するとはマザーも予測していなかったでしょう。それゆえに、マザーは焦っているといった節が感じられます」
 「そうでしょうか」
 みるふぁの意見に、しかし遠野は懐疑的だった。もし彼女の言うとおり、SDの謀反がマザーのシナリオにとってイレギュラーな出来事なら、必死になってそれを修正にかかるだろう。それこそ自分たちをマザーの本体に近づけまいとするに違いない。では、なぜそうしないのか。理由は二つ考えられる。一つは防ごうにも兵器や武器がないから。そして今ひとつは、シナリオの修正がすでに済んでいて、今更彼らの侵入を防ぐ必要が無いから―
 「……調べてみる必要がありますね」
 「な、何を言い出すんだよ賢治ちゃん!?」希が慌てた様子で抗議する。「ゆ〜にぃちゃんを取り戻しにいくんだろう!?」
 「ゆ〜にぃさんを取り戻すことが、マザーの罠である可能性が高いのです」と遠野。「だとしたら、このまま進むのは危険すぎる」
 「でも……」
 「貴方の気持ちは分かります」遠野が希の肩に手を乗せる。「ですが、貴方がゆ〜にぃさんを大事に思っているように、私も貴方のことを大事に思っているのです。貴方を危険な目に合わせたくない」
 「……え……それって……」
 「私は貴方に言ったはずですよ。貴方に傍にいてもらわなければ困るって」
 「賢治……ちゃん……」
 「あー」
 二人を包んだ甘い雰囲気は、突然かけられたしわがれ声によってはかなくも破かれた。
 「いちゃついているところすまんが、ワシの話も聞いてくれんかのう」
 「ば、万景寺先生?」
 無粋な声の持ち主は万景寺秀峰(ばんけいじ・ひでみね)だった。トレードマークの白衣に、レミントン製のライアットショットガンを肩にかけている。
 「どうしてここに!?」
 「どうしてって……ヌシたちを迎えにきたのじゃ」呆れたように応じる万景寺。ゆ〜にぃとの格闘戦では自分の出る幕がないと判断した彼は、代わりにおそらくゆ〜にぃの後を追ってくるであろう遠野たちを迎えに行く役目を買って出たのだった。軍用SDやビートルがまだ残っている可能性もあり、非武装の彼らだけでは危険すぎるという考えもあった。
 「ところで」万景寺は、辺りを見回した。「ロベルタ嬢ちゃんの姿が見えんが……会わんかったか?」
 「ロベルタさんは……殺されていました」
 沈んだ声で遠野が答える。「ビルの入り口で、軍用SDと相打ちになって……」
 「そうか……」万景寺はそう答えると、目を伏せた。「また若いモンが先に死んでしまったか……」
 「ゆ〜にぃちゃんはどうなったか分かりますか?」
 希が万景寺に尋ねる。彼女にとっては一番の心配事だ。
 「多分制御室に向かったと思うんだけど……」
 「ああ、あのSDの嬢ちゃんか」と万景寺。「ワシらを追いかけて制御室までやってきおった。どういう訳かSDとワシたちを殺そうと息巻いておったぞ―一体あの嬢ちゃんに何があったんじゃ?」
 「それは……」と、遠野が事の次第を説明する。
 「なるほど」万景寺が頷く。「では、一度電源を切って再起動すれば、あの嬢ちゃんは正気に戻るというわけじゃ」
 「正確には、元のディジタルウェブ回線に繋がるんですけどね」
 「ならば、善は急げじゃ」万景寺が促す。「さっさと行ってゆ〜にぃ嬢ちゃんの目を覚まさせてやろう。早くしないと下田の奴あたりが力を入れすぎて壊してしまうかも知れん」
 「それなのですが……」と遠野。「すみませんが、万景寺さんは希さんを連れて先に行ってくれませんか?」
 「何故じゃ?」
 「ちょっとみるふぁさんと調べたいことがあるのです」
 遠野は近くにあるドアの方を見た。半分開いたドアの向こうに、ディジタルウェブ端末が見える。
 「重要なことなのか?」万景寺は眉をひそめて尋ねる。「言っておくが、この辺りは決して安全とはいえないぞ。来しなにも何体かのガードロボットを潰したが、まだ残っているとも限らん」
 「大丈夫ですよ。危なくなったらすぐに逃げますから。それに―」と、遠野は呟くように付け加える。「多分、もうガードロボットは襲ってこないだろうから」
 「……仕方ないな」万景寺は頭をかきながらそういうと、懐から黒光りするものを取り出して遠野の手に握らせた。9ミリオートマチックピストル。無論本物だ。
 「こ、これは……」
 「SIGザウエルP226じゃ。撃ち方は分かるか?」
 「ピストルなんて撃ったことありませんよ」おっかなびっくりな表情で遠野が答える。
 「そうか。まあそうじゃろうな」そういうと万景寺は、セイフティの解除の仕方と銃の構え方を解説する。「とにかくこれを預けておく。身の危険を感じたら容赦なく発砲するんじゃ」
 「はあ……」
 「忘れるな。ここは敵地じゃ。ワシら以外の人間もSDもすべて敵じゃと思え。威嚇の必要はない。そもそも機械には威嚇など通用しない。死にたくなかったら敵より先に引き金を引くのじゃ。わかったな」
 「……はあ」
 いまいち理解できない表情で、遠野が頷く。戦場の経験が初めてならば無理も無い。若干の不安を感じた万景寺だったが、今は彼らを信じるしかなかった。
 「それでは、ワシたちは急ごう」万景寺は希の方を振り向く。「ワシが案内する。ついて来い」
 「わかった」
 二人は廊下を走り出した。


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