卒業式。
 それは、学生たちにとって修学旅行と並ぶ学生生活の一大イベントである。
 厳粛な雰囲気で行われる卒業証書授与に始まり、卒業生の送辞に在校生の答辞、校長やその他お偉いさんゲストの長ったらしい言葉などが終わったあとは、「卒業して離れ離れになっても友達でいようね」と涙ながらに約束したり、後輩たちから第2ボタンをねだられり、クラスのアイドルに告った挙句にみごとに撃沈したり、落ちこぼれで卒業も危うかった生徒が無事卒業できたのを見て担任教師(美人)が涙したり、お礼参りと称して在校中気に食わなかった先公を集団でボコったり―と、卒業生、在校生、そして教師たちにとっても(忘れたくても)忘れることのできない出来事が一日中続く。
 今日、卒業式を迎える新桜花高校においても、それはまったく変わらない―はずだった。
 そう、あの『伝説』が生徒たちの間でまことしやかに噂されるまでは……


 「私が新桜花高校校長、遠野賢治であーる!!」
 卒業証書授与式式場の体育館。ステージの上で紋付袴姿の遠野が吼える。
 「今日は目出度い卒業式であーる!!」
 『自らを磨き、真の『漢』を目指すのが学生の本分』という信念を持つ遠野校長は、喋り方までいちいち気合が入っている万年ハイテンションおやじとして(色々な意味で)有名である。いや、実際はそんなに歳をくっているわけではないが、全身に漲る漢のオーラが、彼の見た目を実際よりはるかに年輩、というか目上の人物であるように見せているのであるが。
 「……熱い、熱いよ校長!!」
 「……いや、ていうかわたし女の子だし」
 そんなわけだから、男子生徒にはそれなりに人気があり、女子生徒には理解不能な目で見られることの多い、愛すべき校長であった。
 「う、うわああああん」
 そんな、まるで某ジャンプの人気コミックの登場人物のような校長の言葉を聴きながら、わんわん泣きまくる卒業生が一人。希である。
 「……あの校長の話でよく泣けるな」
 隣にいた同じく卒業生のなしのが、呆れた様子で希を見る。
 「だって、だって、卒業式なんだよ、もうみんなとお別れなんだよぉ!!」
 希が泣きながら答える。どうやら校長先生のありがたい―かどうかは受け取る側の資質に大いによるけど―話に感動しているわけではないようだった。今まで親友同然につきあってきたクラスメイトたちと別れるのが、純粋に悲しいのだ。
 「……てっきり校長の気合に怯えていたのかと思ったぞ」
 と、これまたずいぶんとひどいことをさらりと言ったなしのは、さらに反対側にいる倉瀬をひじでつついた。「クラウゼルも、そうは思わないか?」
 「ああ」
 しかし、同意を求められた倉瀬は、どこか上の空だった。
 「どうしたクラウゼル、具合でも悪いのか?」
 「ああ」
 「何か悪いものでも食べたのか?」
 「ああ」
 「……王様の耳はネコのみみー」
 「ああ」
 「ちびー、豆つぶー、小学生並みのクラウゼルー」
 「ああ」
 倉瀬は機械的に生返事を返すだけで、一向になしのの方を見ようともしない。どうやら何か悩み事でもあるようだった。
 「まさか、恋の悩みか?」
 卒業を機に、今まで思いを寄せていた相手に自分の思いを告げようとしているのだろうか―なしのはそう考えたが、ばかばかしくなってすぐにそれを否定した。そんなはずはない。なにしろ高校在学中の3年間、彼女にはそんな話はひとつもなかったのである。言い寄ってくる者といえば、「ネコミミ萌え〜」とか言って迫ってくるオタな男とか、「お姉さま〜」とか言って慕ってくる下級生の女子とか、そんなものだった。
 「ではいったい、何を悩んでいるのだ……」
 なしのは首を傾げる。「長年の付き合いであるこのわたしにも言えない悩みとは……」


 式は滞りなく進む。
 「卒業生代表、万景寺秀峰!」
 卒業生代表による送辞の読み上げである。本編ではじじいであるが、何故か今は高校生相応に若い。リック・ベイカーに頼んで特殊メイクでもしたのであろうか。
 「……それと」ヤング万景寺は一旦言葉を切り、こほんと咳払いをすると今度は教員席の方に向いて言った。「弓音先生、4年たっても嫁き遅れていたらワシ……ではない、ぼくがもらってあげますよ」
 「な……」
 いきなりの告白に、言葉を失う一同。次の瞬間、生徒たちの間から一斉に口笛と野次が沸き起こった。
 「おお、保険のセンセに卒業式で告白かぁ!!」「やってくれるぜぇ!!」
 「あんのバカ……」
 顔を真っ赤にしながら、それでもどこか嬉しそうに呟く弓音。実際、医大への進学が決まり、自由登校となった万景寺が、それでも足しげく学校に通っていたのは保険医の弓音先生に逢うためだったのだと噂は以前から生徒の間で囁かれていたのだ。それを万景寺は、よりにもよって全校生徒の前で認めてしまったのである。
 「ったく、んな生意気なことはせめてあたしより背が高くなってからいうもんだよ」
 弓音もまんざらではないようだった。
 生徒たちの反応に、「へへっ」と照れる万景寺の肩を、遠野校長のグローブのような手ががっしりと掴んだ。
 「よく言った、万景寺君!!」滂沱と流れる涙を隠そうともせずに、遠野校長が吼える。「守るべきものを得てからこそ、漢はその度量を試されるのだ。これからも真の漢を目指し、弓音先生を守るべく精進を続けるのだぞ」
 「はい、校長!!」
 「あー……」今回教頭役の村上が困ったように二人に声をかける。「感動的なスピーチの途中で申し訳ありませんが、式を続けたいと思います……」
 「うむ、そうするがよい」
 涙を流しながら、遠野校長がうなずく。「今日は本当にすばらしい日だ。校史に残る卒業式となろう」
 「はあ……」
 村上教頭は諦めたように頷くと、そっと胃の辺りを手で撫でた。遠野が校長としてこの学校に赴任してきてからというもの、彼は胃薬を手放せない日々が続いている。


 「はああ……」
 在校生席。報道部部員である前園は卒業証書を受け取る卒業生たちの姿を見ながらため息をついた。
 「澤井部長も卒業かぁ……」
 今、校長から卒業証書を受け取っているのは、報道部もと部長の澤井愛である。万年部員不足だった部の存続を支えていた彼女も、ついに卒業してしまう。このままでは廃部は必至だ。報道部を預かることになった前園としては、次回発行される学校新聞『新学期特集号』でなんとしても巻き返しを図らねばならない。新入部員の獲得にも繋がるし、なにしろ活動が認められれば来年度以降の予算増額もありうるだろう。一発逆転のトライになるような、格好の記事のネタを探すのが、今の前園に課せられた使命であった。
 しかし、そう簡単においしいネタが転がっているはずもない。前園の苦悩の日々はとうぶん終わりそうになかった。
 「……いっそヤラセでも仕組んでみるかぁ」
 「旦那様」
 隣の席にいたまつが前園に囁く。「そういえばわたくし、大変面白いことを耳にしたのですが」
 「面白いこと?」
 「はい」と、まつ。「何でも、今年卒業する風紀委員の鬼杏様が、風紀委員の仕事のしめくくりとして下田様を捕まえるのだとか」
 「なにぃ!」
 がたん、と立ち上がる前園。皆の視線が一斉に集まる。
 「……しかし、下田先輩といえば」あわてて席に戻った前園が、まつに囁き返す。「あの、野門流古武術の使い手なんだろう? いくら鬼杏先輩が『オニの風紀委員』だってとしても、いささか荷が勝ちすぎていないか?」
 夏休み中に野門流の本家に顔をだしたら、そのまま冬まで修行に没頭してしまい、出席日数が足らなくて卒業できなくなってしまったという逸話をもつことで有名な下田を、風紀委員の鬼杏は目の仇にして追い続けていた。なにしろテキは無断欠席遅刻早退エスケープの常習犯である。そのたびに出し抜かれていた風紀委員は、メンツを完全に失っていたのだ。けじめをつけるためにも、彼と決着をつけねばならない。
 「そう簡単には捕まらないと思うけどなあ」
 「でも、今回はわかりませんよ」まつは意味ありげな目で前園を見つめる。「うまくいけば、下田先輩と鬼杏先輩の直接対決が見られるかもしれません」
 「直接対決って……なにを根拠に?」
 怪訝な目で見つめ返す前園に、まつは1枚の紙切れを差し出した。
 「これがその根拠です」
 「……なんだこれ、新桜花一武闘会ぃ!?」


 「ああ、天気がいいねぇ……」
 件の人物である下田は、「どうせ卒業できないんなら卒業式に出てもしょうがない」と早々に式をエスケープしていた。中庭の芝生で寝転びながら、青空を流れる白い雲を眺めていた。
 彼は卒業式に対して特に感慨はない。当事者でないから、という理由もあるが、なにより、彼にとって重要なのは学校生活の充実などではなく野門流を極めるところにあるのだ。だから、3年前、やはり出席日数が足りなくて進級できなかったときにも、ショックを受けることはなかった。
 「……しかし、何だな。アイツがいなくなるとこの学校もさびしくなるな」
 あいつ、とは風紀委員の鬼杏のことだった。進級も卒業も出来ないのなら、いっそ学校を中退してもよかったのだが、何故か下田はその選択肢だけは選ぼうとしなかった。実際、出席率のあまりの悪さに教師から退学をほのめかされたときは、下田は本気で抵抗したのである。それはたぶん、どこまでも彼を追ってくる鬼杏がいたからなのだ。真剣に勝負を挑んでくる相手から逃げ出すような行為は、下田の辞書にはない。だから、学校をエスケープするときも、堂々と鬼杏たちの目前で行ってきた。こそこそエスケープするようでは野門流の名に恥じる。
 その鬼杏も、今日をもって卒業である。
 「決着はとうとうつかずじまいだったなぁ」
 下田がそういって上半身を起こす。その時、さわやかな春風と共に飛んできた1枚の紙切れが、下田の顔に覆いかぶさった。それを手で取り除いた下田は、何気なく紙切れに書かれていた文字列に目を落とした。
 「新桜花一武闘会?」


 式も終わり、卒業生たちはめいめいのクラスに帰ってゆく。教室に入るのも、今日が最後。
 「……どうしたのなしの、難しい顔して」
 何事かを考え込んでいるなしのの背中をばんと叩いたのは、親友のアスカだった。
 「あ……いや……」
 「ん、なに?」
 最初は口ごもっていたなしのだったが、やがてアスカに向き直ると、真剣な眼差しで言った。
 「その、クラウゼルの様子が変なんだ」
 「クラウゼルが?」
 二人は同時に振り向く。卒業生たちが楽しく談笑している中、倉瀬は一人席に座り苦悩の表情を浮かべていた。その手には1枚の封筒が握られている。
 「何か悩んでいるようなのだが」なしのはため息をつく。「クラウゼルはそのことについてわたしに相談しようとしてくれない。隠すことなどない親友どうしと思っていたのに……」
 「うーん」アスカは考えこむ。「親友だからこそ、言えない悩みっていうのもあると思うけど」
 「そうであろか……」なしのは俯く。「いったい何で悩んでいるのだ……クラウゼル」
 「ま、そう落ち込まないで」アスカはなしのをそう励ますと、1枚の紙切れを差し出した。「気分転換にこれでも見てきたら。クラウゼルも誘ってさ」
 「うむ……」なしのはアスカが差し出した紙切れを手にする。そこには『新桜花一武闘会』開催の文字が躍っていた。
 「まあ、いっしょにいくのが陣人クンじゃないのは残念だろうけどね」
 「ばっ……何を言うか!」
 ひそかに付き合っている彼氏の名前を出されて、なしのの顔が真っ赤になる。アスカは意地悪く笑うと、なしのの背中をどんと押しやった。
 「さあ、いってきなさいよ」
 「……ああ」
 一方、倉瀬が悩んでいたのは。
 「伝説の木の下でコクれ……だと?」
 手にした封筒を握りつぶしながら、倉瀬はつぶやいた。
 封筒の中身は倉瀬を写したポートレート写真である。しかもただのポートレートではない。去年のハロウィンの時になしのに無理やり着せられたメイド服姿の写真なのだ。自ら「人生最大の過ち」と称するネコミミメイド姿の写真を、よりにもよって報道部のオタクな編集部員に隠し撮りされているとは……。しかも問題はそれだけではなかった。オタク編集部員は、この恥ずかしい写真のネガをたてに、『卒業式にこの木の下でコクられると恋が成就する』などという迷惑な伝説がある木の下で、それをやれと強要されていたのだ。
 「……しかし、無視するわけにはいかんし……」
 断ってきたら、件のネコミミメイド写真を本人の詳しいプロフィールつきでウェブに流す―男はそうも言っていた。立派な脅迫であるがしかし、誰かに話せるような内容でもなかった。
 「ううう、どうしよう……」
 頭を抱える倉瀬の前に、なしのがおずおずと進み出る。
 「クラウゼル、よかったら一緒にこれを見に行かないか?」
 「すまないが、今はそんな気分じゃ……」
 首を横に振りかけた倉瀬は、しかし、なしのが差し出した紙切れに目を落とすとはっと目を見開いた。
 「……クラウゼル?」
 「こ、これは……」
 態度の豹変にとまどうなしの。なしのの手から紙切れを奪い、食い入るようにそれを見つめていた倉瀬は、なしのの顔を見て叫んだ。
 「そうだ、これに参加すればすべて解決するのだ!!」
 「え、ええ?」
 「そうと決まれば早速エントリーだ。なしの、お前も付き合え」
 「はや、え、いやそのエントリーって……」
 戸惑うなしのをずるずると引きずって教室を後にする倉瀬。それを見送ったアスカが笑いながら手を振った。
 「いってらっしゃい、頑張ってね」
 「いや、そうじゃなくて……止めるがよいぃー」


 同時刻、校舎の裏では―
 卒業生、みるふぁが後輩たちに呼び出されていた。
 「あのー、何の御用でしょうか?」
 「決まっているだろぉ」後輩たちのリーダー格であるロベルタがニヤニヤ笑いながら近づいてくる。「いままでアンタにゃさんざん世話になったからねぇ……たっぷりとお礼してやるよ」
 「まあ、それは」みるふぁの表情がぱあっと明るくなる。「ご丁寧にありがとうございます」
 「……あんた、オレたちをナメてんのか、ああ?」
 ロベルタがすごむ。くるぶしまである長スカートにネクタイなしのセーラー服、サングラス姿という時代錯誤も甚だしい格好のロベルタであったが、それでも相手に威圧する際にはそれなりに効果のある姿でもあった。
 しかし、みるふぁはまったく動じていない。むしろからかわれている気配すらあった。いや、みるふぁには相手をからかうなどという心積もりはまったくないのだが、ロベルタ側はそうは思わなかった。
 「こんの野郎……やっちまえっ!!」
 それぞれの得物を手に、みるふぁに飛び掛るロベルタたち。
 1分後。
 「きゅう……」
 ロベルタとその仲間たちは、こてんぱんに叩きのめされて地面に転がっていた。叩きのめした張本人であるみるふぁは、何事もなかったように制服のスカートの埃を払ってその場を後にしようとする。
 「ま、まってくれ……」
 ロベルタが呼び止めた。「先輩に……頼みがある」
 「?」
 みるふぁが振り返る。すると、ロベルタはさっきとは打って変わった態度で地面に正座し、頭を下げた。
 「お願いだ、みるふぁ先輩。オレの代理として新桜花一武闘会に出てほしい!!」
 「しんおうかいち……ぶとうかいですか?」
 きょとんとした表情でロベルタを見返すみるふぁ。
 「そうだ。先輩の強さを見込んでいるんだ。新桜花一舞踏会に出て優勝してほしい。礼ならなんでもする、だから、一生のお願いだ……」
 「まあ、かわいい後輩のお願いですし」みるふぁは細い顎に指をあてる。「出てもかまわいのですが……いったいなんなのです、その新桜花一武闘会というのは?」
 「それは……」


 「おーっほっほっ!!、卒業式名物・春一番よぉ!!」
 奇声を上げながら男性教員を投げ飛ばしているのは秋間。新桜花高校の番長である。
 「ほんっとーにアンタたちにはお世話になったわねぇ、たっぷりお礼して差し上げるわよぉ!!」
 「まてぃ!!」
 と、その目の前に立ちはだかったのは……
 「わしが新桜花高校校長の遠野賢治であーる!」
 「……みりゃ分かるわよ」
 「秋間とやら」しかし、秋間の呆れ顔なぞまったく無視して遠野は話し始める。まさに自分ワールド全開。「そのような自分より弱い輩をいたぶるのは漢のすることではない。自らより強い敵に立ち向かい、そして乗り越えてゆくのが真の漢の道なのだッ!!」
 「……それで?」
 「よって、貴様にはこの大会に出ることを命ずる」
 遠野が差し出たのは、新桜花市一武闘会の参加案内。
 「この武闘大会に参加し、漢を磨くのだ!!」
 「なんでアタシがそんなことを……」
 しなきゃなんないのよ、と言いかけて、秋間は言葉を失った。いつの間にか目の前に立っていた遠野が、はるかな高みから秋間ののことを見据えているのだ。
 「アンタいつそんなに背が伸びたのよ」
 「……参加しないのであれば、このワシが相手になろう……ぬん!!」
 しかしというか、やはり遠野は秋間の言うことなどまったく無視し、全身に力を漲らせた。まるで鳥山明がデザインしたような上半身の筋肉が一気に膨張、上半身の服がそれに耐え切れずに弾け飛ぶ。ILMに頼んでCG合成でもしたかごとくの非常識さだった。
 「……どうだ?」
 「……わかったよ、参加すればいいんでしょ」
 秋間は仕方なさそうに言った。こんなCG合成の筋肉の塊と戦うのもいやだが、なにより暑苦しい男と一緒にいるのが耐えられなかったのだ。それに―
 「それに、やっぱりアタシより強いヤツに会いたいのよねぇ……」
 何だかんだいっても、やっぱり本質は格闘キャラの秋間なのであった。


 「しかし」
 とゆ〜にぃは手にした新桜花一武闘会の案内チラシを見ながらため息をついた。
 「なーんでいきなり武闘大会なんだろーね?」
 「……さあ」
 希が答える。希の保護者として卒業式に参加していたゆ〜にぃであったが、同じ会場に深大寺父がいることに気づいてあわてて会場を飛び出し、木の茂みに隠れていたのである。
 「たぶん、校長の趣味だと思うけど……」
 チラシの協賛のところには、生徒会、報道部、風紀委員会、体育会系部活動の名前と共に新桜花高校校長・遠野賢治の名前が墨字で書かれている。
 「あれ、希さんは参加しないの?」
 と、声をかけてきたのは鬼杏。オニの風紀委員である。
 「まさか、ボクはギャラリーだよ」
 「ふーん」
 「鬼杏ちゃんは参加するの?」
 逆に希が聞き返すと、鬼杏はニヤリと笑い返した。
 「ええ。我が宿敵下田中将クンがエントリーするのが分かりましたからね……よもや公衆の面前で堂々と下田クンのスカした面にぶちかませる日がこようとは、思いもよりませんでした」
 「……勝算はあるの?」
 「ゲンコでボコるのみぃ!!」
 握りこぶしで嬉しそうに宣言する鬼杏。
 「……風紀委員の言葉じゃないよ」
 「てゆうか、鬼杏ちゃんマンガの読みすぎ」
 希とゆ〜にぃは揃ってため息をついた。
 一方、主催者席に座るまつは、続々と集まってくる参加者とギャラリーの群れを見て内心ほくそえんでいた。
 「ふっふっふ……これで舞台は整いましたよ」
 そう、新桜花一武闘会の黒幕は実はまつその人だったのだ。
 それもこれも、報道部の特ダネを演出するためだった。このような派手な舞台を用意すれば、基本的にお祭り好きの下田は絶対参加してくる。そこにオニの風紀委員をぶつければ、それはきっと一大ニュースになるであろう。
 「……なに笑ってるんだ?」
 「い、いえ!!」
 前園に怪訝そうな表情を向けられ、まつはあわてていつものほんわかした笑顔を取り繕った。
 「なんでもありませんですよ」
 「……いいけど」取材班の一員としてこの場にいる前園は、エントリーリストをめくりながらいった。「でも、まさかあの鬼杏先輩が参加するとは思わなかった。真面目そうな人だと思っていたんだけどなぁ」
 「あら、わたくしは絶対参加すると思っていましたよ」
 「?」
 「なにしろ、優勝商品が豪華ですからねぇ……」


 「伝説の下でコクる権利、ですか?」
 みるふぁは思わずロベルタに聞き返した。ロベルタが頷く。
 「そうなんだよ。新桜花一武闘会に優勝したら、卒業式の日にこの木の下で告白すると恋が成就するって伝説のある木で告白できるんだよ。伝説は先輩も知っているだろ?」
 「え、ええ」
 「でも、その木は一本しかないから、毎年競争率がすごく高いんだ。時には告白の権利をめぐって殴り合いの喧嘩が起きたり、裏でカネで取引したりするヤツが出たりしているんだ」
 無論生徒会や風紀委員、PTAなどもそのような事実を見過ごすわけには行かず、毎年大掛かりな取締りが行われていた。その努力が実ってか、最近ではそのような噂を生徒たちが口にするようなこともなくなっていた。
 だが、今年は違った。伝説の噂がどこからともなく生徒たちの間で広がっていったのだ。誰が広めたのはわからないが、今や新桜花高校の生徒でその伝説を知らない人間はいないといっても過言ではなかった。
 このままではまた混乱が起こる―生徒会と風紀委員は頭を抱えた。そこに報道部がある提案を持ち込んできたのである。
 「どうせ木の下の取り合いになるならば、いっそその権利をめぐって何らかの大会を開催すればいい」
 むろん最初は生徒会も風紀委員も、その案を一笑に付した。しかし、卒業式の日が近づいてくるにつれ、ますますヒートアップする噂に対策の立てようがなかった生徒会は、ついに報道部の案を了承することにしたのだ。ちなみに『武闘』大会になったのは、遠野校長の鶴の一声による。
 無論、この裏ではまつが動いていたというのは言うまでもない。鬼杏が、実は下田に思いを寄せているということを見抜いていたまつは、賞品に伝説の木の下で告白する権利を出せばかならず乗ってくるだろうと踏んでいたのだ。
 「なるほどねぇ……」納得したようにうなずくみるふぁは、ふと気がついてロベルタに尋ねた。「でも、貴方の代わりに私に出てほしいということは、貴方は伝説の木の下で告白したい殿方がいるということですよね」
 「そっ、それは……その……」
 ロベルタは言葉につまり、両手の人差し指の先をちょんちょんと合わせながらちらりと後ろを振り向いた。
 「ははあ……成るほど」
 みるふぁはにやっと笑う。ロベルタの視線の先には、校長の命令でしぶしぶエントリーした秋間の姿があった。
 「わかりました。私にお任せください」
 どんと胸をたたくみるふぁ。ロベルタは心からの感謝の意を示すと、「これを」といってミニスカセーラー服と黄色いリボン、そして医者が切るような白衣を差し出した。
 「……なんです、これ?」
 「コスプレ用の衣装です」


 「ふむ、参加者はかならずコスプレをして出場すること、か」
 参加要領を読んでいたなしのはつぶやいた。「これまた随分変わったルールだな」
 「だが、そのコスプレをしたキャラクターの特殊能力をすべて使うことが出来るとも書いている」と、倉瀬。
 「特殊能力?」
 「手から光線を発射したり、物理法則を無視して2段ジャンプすることが出来るということだ」
 「……どうしてコスプレするとそんなことが出来るようになるのだ?」
 「さあ、何でも香港からワイヤーアクションの専門家チームを呼んだりしているらしいけど……そんなことより」倉瀬は自身ありげに笑った。「このルールこそが私の勝算なのだ」
 「ほお?」となしの。
 「すでに作戦は立ててある」倉瀬は腕を組んで会場を見た。「新桜花高校の諸葛孔明と呼ばれた私に不可能はない」
 「孔明か……」倉瀬の言葉にしばし考え込んだなしのは、ぽんと手を叩いた。「なるほど、クラウゼルは蒼天航○の関羽のコスプレをするのだな!」
 「なぜ見目麗しき乙女の私が、あんな赤ら顔の髭親父のコスプレをしなければならんのだ!!」つばを飛ばしながら倉瀬が怒鳴る。「せめて一騎当○の関羽といってくれ!!」
 「じゃあ、なにをやるんだ……?」
 「よお倉瀬ちゃん」
 いきなり、見覚えのない男が声をかけてきた。赤いジャンバーにジーパン、赤いキャップを被っている。背も高く均等の取れた体格をしており、一言で言えば「かっこいい」。
 「キミも参加するんだね?」
 「お前は誰だ?」
 「やだなあ」赤ジャンバーの男は内ポケットから眼鏡を取り出すと顔にかけた。途端に男の等身が縮まり、横に丸く広がった。顔は脂汗でギトギトに光りだし、さほど動いていないというのに苦しそうにはー、はーと息をしている。
 「お前は……私の写真を撮ったオタク男!?」
 「そうだよ。ボクのこと忘れるなんて連れないなぁ」男は眼鏡を外す。すると元の外人男性モデルのような体型に戻る。「じゃあ、例の約束、楽しみにしているからね」
 そういって立ち去るオタク男。その背中を呆然と見送った倉瀬となしのは、呆れたように呟いた。
 「『眼鏡を外したら美人』というのはよく聞くけど」「いったいどういう理屈になっているんだ、あいつ?」


 と、言うわけで大会開始の時間である。
 ルールは簡単だった。グラウンドのど真ん中にしつらえられた8メートル四方の舞台。その上でエントリーした参加者が一対一で対戦する。この舞台から外に出るか、気絶するか、降参した方が負けとなる。時間は無制限の一本勝負……
 「なんだか燃えてくるな、カカロット」
 「誰がカカロットじゃ!!」
 審判はピンク色のタキシードを着て眼帯をつけた格好の宮川がつとめることになった。
 「ストーカーだ、懐かしいなぁ」
 そして参加者は下田、鬼杏、倉瀬、なしの、みるふぁ、秋間、リュスカ、そしてオタク男である。まずはトーナメントの組み合わせをくじ引きで決める。
 「それでは第一回戦―」と、宮川。「鬼杏VSなしの!!」
 鬼杏は自慢の長髪をブロンドに染め、西洋の鎧に身を固めてフェンシング用の剣を持っていた。かたやなしのは、某有名ファミレスの制服(オレンジ色)を着込み、髪の毛を後ろに縛っている。
 「さて、校内でも評判の美人同士の対決ですが」実況を担当することになった澤井が、解説の遠野校長に尋ねる。「はたしてこの勝負、どちらが有利でしょうか?」
 「うむ、飛び道具系の技を持たない鬼杏君は遠距離での打ち合いは不利だが、何といっても大攻撃の間合いの広さ、そしてジャンプ中蹴りという対空技を彼女は持っておる」
 「ええ」
 「となればこの闘い、いかに鬼杏君は自分の間合いになしの君を引きずり込むか、逆になしの君が相手の間合いに飛び込まないようにするか―それが勝負の分かれ目になるだろう」
 「なるほど―あ、どうやら試合が始まるようです」
 「新桜花ファイト、レディーゴー!!」
 宮川が叫ぶ。第1試合スタートである。
 「鬼吼弾!!」
 「うっ!!」
 なしのの腕から白く輝く気の塊が飛び出してゆく。続けて連射。鬼杏は防御に手一杯で近づくことすらできない。
 「このまま相手のHPを削っていけば、勝てる!」
 「そうはいきませんッ」
 鬼杏はそう叫ぶと、なしのの放った気弾をジャンプ、飛び込みざまに思いっきり斬りつける。
 「ちょ……ちょっと待つがよい! それ本物の真剣であろ!?」
 肩口からざっくり斬られたなしのが抗議する。
 「レギュレーションでは武器の使用は禁じられておりませんことよ」
 「じゃなくて! 斬られたら血吹いて死ぬであろ!!」
 「大丈夫、北米Ver.にすれば吹き出る血は緑色で表現されますから」
 「そういう問題じゃなーい!!」
 「問答無用!! パワーグラデーション!!」
 鬼杏の必殺技が炸裂する。なしのの細い身体は衝撃に吹き飛ばされ、場外に落ちた。
 「それまでっ!」
 宮川が手を上げる。「勝者、鬼杏!!」
 「……くっ、負けてしまった」なしのが地面を拳で叩く。「だが、これも敗者の定め。こうなれば潔く脱衣を……」
 「ををを!」
 「わぁストップストップ!!」「これは『アドバンスド』だから脱がなくてもいいんですよぉ!!」
 ボロボロになったブラウスのボタンに手をかけたなしのを、希とゆ〜にぃがあわてて引きずってゆく。残念そうに舌打ちするギャラリーの男性陣。
 「……さて、第2試合が始まります」
 気を取り直した澤井が再びアナウンスする。舞台に出てきたのは、変形胴着にスパッツ姿のリュスカとセーラー服の上に白衣をまとったみるふぁの二人であった。
 「えーと、格ゲー界の元祖妹キャラとコンシューマー系の代表格の対戦ですが、この試合はどうでしょうか、解説の遠野先生?」
 「うむ、どちらも甲乙つけがたいが、あえて言えば、技の豊富なリュスカ君が半歩有利だろう」
 「なるほど」
 「だが、有利すなわち勝ちではない。宝の持ち腐れという言葉もあるからな」
 「有難うございます。それでは第2試合スタートです!!」
 みるふぁが白衣を脱ぎ捨て、リュスカが極限流空手の構えをとる。先に仕掛けたのはみるふぁであった。
 「遠心破砕拳!!」
 と叫びつつ、謎の薬品のつまった試験管を投げつける。上半身をそらして試験管をかわすリュスカ。
 「そんなもの、当たらないよーだ」
 リュスカの背後で試験管が床に落ちる。パリンと音を立て割れる試験管。中に入っていた液体が床にぶちまけられたかと思うと、その部分から猛烈に白煙が湧き出してきた。液体が舞台の床を激しく侵食しているのだ。
 「ちょっと……あなた試験管に何入れてるのよ!?」
 「くくく、はずれてしまいましたか」
 不気味な笑い声を上げるみるふぁ。「でも……次のは当たったら痛いですよ。過酸化水素の溶液ですから……人間の身体なんて簡単に溶けてしまいますよぉ」
 「まずい……目がイッちゃってるよ」
 「そぉれ遠心破砕けーん!!」
 懐から次々と試験管を取り出しては投げつけるみるふぁ。リュスカは逃げ惑うだけで精一杯だ。
 「おおっと、みるふぁ選手が本来のキャラを無視したマッドぶりで相手を追い詰めています!!」澤井の実況に熱がこもる。「リュスカ選手、まったく手が出ません!!」
 「ええい、ちょこまかと……そこっ!!」
 「きゃあっ!!」
 ついにみるふぁの試験管がリュスカを捉える。全身に薬品を浴び、手ひどいダメージを受けるリュスカ。
 「く……HPが……」
 「とどめです!!」
 「ああー、思わず膝を突いたリュスカ選手にみるふぁ選手が飛び掛ってゆく」興奮した澤井がマイクを手に立ち上がる。「リュスカ選手、万事休すか!?」
 「いや、彼女はまだ負けてはいない」遠野の目が光る。「HPが赤ゲージになってからこそが彼女の本領が発揮されるのだ!!」
 ふらふらと立ち上がったリュスカが、再び極限流の構えを取る。しかし、みるふぁはすぐ目の前まで迫っていた。
 「遅いです!!」
 「覇王翔吼けーん!!」
 リュスカの咆哮と同時に、馬鹿でかい気の塊が両手から放たれる。複雑なコマンドで放たれる超必殺技であった。
 「う……わ……」
 ダッシュ状態だったみるふぁに、これを避ける術はなかった。まともに気の塊の直撃を食らい、吹き飛ばされるみるふぁ。
 「勝負ありっ!!」
 宮川が叫ぶ。リュスカの勝利。リュスカは半分溶けかけた顔に笑顔を浮かべてサムアップする。
 「よ、よゆうっち……」
 「……大丈夫なのでしょうかリュスカ選手?」
 「うむ、いざとなったらとろけた顔を新品のものに取り替えればよい。さすれば元気100倍!!になるだろう」
 「……アンパ○マンじゃあるまいし……」
 わっはっはと笑う遠野校長を見て、澤井はため息をついて呟いた。


 「第3試合、倉瀬VSオタ男!!」
 「名前くらいちゃんと付けてくれぇ」
 舞台の真ん中で赤いジャンバーにGパン、赤いキャップのオタク男が頭を抱える。
 「……ま、まあいいや。それにしても。初戦の相手が倉瀬ちゃんだなんて、ボクとキミってとことん縁があるんだね」
 「わたしは縁など持ちたくないのだがな」
 倉瀬は腕を組みそっぽを向く。
 「まあ、そんな冷たいこと言わずにさ」なれなれしい様子でオタク男が言う。「それにしてもボクは嬉しいよ。あの約束のためにわざわざキミも大会に出場してくれるなんて」
 「勘違いするな」肩にまわされたオタク男の手を振り払いながら、倉瀬がきっぱりという。「お前の為にわたしは参加しているのではない。優勝者には伝説の木の下で告白する相手を選ぶ権利もあるのだ。まかり間違ってもお前を相手に選ばないために、わたしはこの大会で優勝しなければならないのだ!」
 と、いうことは告白したい相手がいることなのだろうか。
 「それはノーコメントだ」
 「それにしても解説の遠野先生」澤井が不思議そうに言う。「倉瀬選手ですが、白いドレスにティアラ、普段は下ろしている前髪を上げておでこを出しているというという格好はおよそ格闘家らしくない出で立ちですが、はたして勝算はあるのでしょうか?」
 「うむ……」
 遠野校長も倉瀬の格好の真意を測りかねて唸るばかりである。
 一方、クイズヘ○サゴン風の敗者ルームで実況を聞いていたなしのも首をひねっていた。
 「クラウゼルは「これで必ず勝てる」といっていたが……本当に大丈夫なのであろか?」
 「そうですよね……ネコでしたらフェリシアや野々村宇理子という選択もできましたのに」
 同じく敗者のみるふぁも頷く。
 「うりこ?」
 「ブラッディロアですよ……あ、始まります」
 宮川の宣言とともに試合開始。構えをとるオタク男に対し、倉瀬は右手の甲を口元に当て、タカビーな笑いをするだけだ。
 「……どうしたの倉瀬ちゃん?」
 「この新桜花一武闘会には」自身ありげに笑う倉瀬。「武器使用の制限に関するルールは特に決められていない。と、いうことはだな……こういうこともありということだ!!」
 「な、なにぃ!?」
 突然、倉瀬の背後に出現したタコ型の巨大ロボットを見上げて、オタク男が仰天する。それを見た遠野先生が膝を打って叫んだ。
 「なるほどッ。サイバーボッツのデビロット姫か!!」
 「これは盲点でした」澤井も驚きを隠せない。「まさかスーパー8を持ってくるとは……これでは生身の人間では勝ち目がありません」
 「最初はガンダム・ザ・バトルマスターのクィンマンサでも持ってこようと思ったのだがな」
 スーパー8に乗り込みながら倉瀬が言う。
 「それ、マイナーすぎ……」
 「そんなことはどうでもいい。いざ、勝負!!」
 コクピットシートに収まった倉瀬が叫ぶ。とはいえ、巨大ロボ対人間の勝負である。勝敗は目に見えていた。
 小攻撃の一発でオタク男を地平線のかなたまで弾き飛ばした倉瀬が準決勝に進出。
 そして第4試合。秋間対下田である。双方とも相当腕のたつ格闘家であり、屈指の好カードとして注目を浴びていた。
 「……どうでもいいことなのだが」背中に赤い字で『天』と書かれた胴着を着て髪を赤く染めた下田が、不思議そうな表情で訊く。「あなたのそのロボットのようなお面はなんなのだ?」
 小学生の落書きのようなデザインの顔が書かれたお面をつけた秋間が、白いマントをはためかせる。
 「えーと……まあロボットという設定ということにしてくんないかしら?」
 「はあ……それでは、いざ勝負!!」
 「勝負!!」
 舞台の中央で激しくぶつかり合う両者。試合は予想通り白熱したものとなった。
 「めっさぁぁつッ!!」「駄目な奴は何をやっても駄目ッ!!」
 「これは互角の闘いでしょうか、解説の遠野先生?」
 「いや、一見互角のようだが」澤井の問いかけに、遠野は首をふった。「秋間君の方が圧倒的に手数が多い」
 ダストアタックで下田のしゃがみガードを潰し、さらに連続技を食らわす秋間。見る見る間に下田のHPが減少してゆく。
 と、いきなり秋間の膝ががくんと落ちた。
 「し、しまった、熱暴走!?」
 秋間が思わずつぶやく。ロボットゆえの、いや基本的に隠しキャラゆえの思わぬ弱点だった。
 「今だ、滅殺豪波動!!」
 「……こんなんだったら、不通のカイ・キスクにしとくべきだったわ……」
 「それまで!!」宮川が勝者を宣言する。「勝者、下田中将!!」


 さて、ページもないので準決勝はダイジェストで。
 準決勝第1試合、鬼杏対リュスカは鬼杏の一方的な勝利。
 「だから真剣のサーベル使うのは反則だよぉ」
 「はは〜ん」
 第2試合、倉瀬対下田。こちらは圧倒的に倉瀬有利と思われていたが……
 「し、しまった。ブーストゲージが切れてしまった!?」
 「……場外に墜落しましたな」
 下田が一度も技を繰り出さないうちに倉瀬が場外に落下、見事に自爆してしまったのだ。
 かくして、決勝戦は鬼杏対下田の因縁の対決となった。
 「ふふふ……ついにこの日がやってまいりました」
 「……」
 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う鬼杏に対し、下田はどことなく憮然とした顔。
 宮川が選手の名前を読み上げる。ギャラリーから一斉に上がる歓声。この二人の長きに渡る争いは、(その根底にある鬼杏の気持ちも含めて)学校では知らぬ者がいないのだ。まさに注目の一戦だった。
 「新桜花ファイト、レディーゴー!!」
 宮川が叫ぶ。サーベルを構える鬼杏に対し、下田はしかし動こうとしなかった。
 「何をしているのです。早く構えなさい!!」
 「……自分は、女の子と戦う趣味はない」
 下田は目を逸らす。
 「……私を舐めているのですか!!」
 「そんなことはない。ただ……その、なんだ」
 頭をぼりぼりと掻く下田。一向に闘いを始めない両者に、ギャラリーたちからもざわめきが聞こえ始める。
 「ただ、なんです!!」鬼杏が叫ぶ。「貴方はいつもそうです。逃げ回ってばかりで……そんなことでしたら、4年前、駅で助けた中学生の女の子のこともきっと忘れているんでしょうね」
 「……」
 「その女の子は、貴方を追いかけて、志望校を変えてまで、この学校に来たのですよ……それを貴方は……貴方は……」
 涙をぼろぼろと流す鬼杏。3年間、心にずっと秘めていた想いが、とめどなく溢れてくる。
 「貴方は……」
 「分かったよ」
 下田はそう言うと、舞台の端まで歩いていく。全員が息を呑んで見守る中、彼はひょいと舞台から飛び降りた。
 「優勝、鬼杏選手!!」
 宮川が叫んだ。第1回新桜花一武闘会の優勝は、恋するオニの風紀委員・鬼杏がその栄冠に輝いたのだ。


 「ええと、賞品は伝説の木の下で告白する権利なのですが……」
 表彰式。視界をつとめる澤井は困った表情でいった。
 「なんというか―必要ないですよね……」
 準優勝者の下田の腕に抱きついて離れようとしない優勝者・鬼杏の姿を見て、澤井はため息をついた。
 「この目録、いかがいたしますか?」
 「うむ」遠野校長は厳かに頷く。「鬼杏君はどうするつもりだ」
 「賞品は辞退します」と鬼杏。「もし、必要な人たちがいたら、その方たちに譲ってください」
 「それじゃあ、私が貰おうかな……」怪我をした秋間を膝枕して看病していたロベルタが名乗りを上げる。「本編ではもう死んでしまったし、最後の目立つチャンスかも……」
 「あー、お兄ちゃんになにしてんのよ!!」
 その様子を見たリュスカが声を上げる。「フローレンシアの猟犬のパクリキャラの出る幕じゃないんだからすっこんでなさいよっ!!」
 「よ、余計なお世話です!!」
 「ならば、それはわたしが譲り受けよう」と、なしの。「わたしだって恋する乙女だからな」
 「どさくさにまぎれて何をいってんのよこのラルティエ・クリュブのラルトネー・カースナもどきが!!」
 「……そなた、宇宙を吹き渡る一陣のプラズマになりたいか。喜んで協力してやるぞ」
 「やはりボクと倉瀬ちゃんは結ばれる運命……」
 「寝言は寝てから言うものだぞ」包帯だらけのオタ男を足蹴にする倉瀬。「なんなら永久の眠りにつかせてやってもいいのだぞ」
 宙に浮いた賞品を巡り、にらみ合う一行。それを見ていた遠野校長が、何か名案を思いついたのかぽんと手を叩いた。
 「そうだ。ならば、この鬼杏君が辞退した賞品を賭けて勝負でもしようではないか」
 「ま、またですか……」さすがの澤井も呆れ顔。
 「望むところだ!」「星たちの眷属の名に賭けて、次こそ負けない!!」
 「……皆やる気満々だし……」
 「それでは次の勝負は乙女のたしなみ、料理としよう」遠野校長が合図をすると、たちまちグランドの真ん中にセットが組みあがる。「愛さえあればらぶ・いず・おっけー、今回のジャッジメンは下田君にやってもらおう」
 「な、何ですとぉー!!」
 「最後の最後で幸せになったバツだ。伝説の赤いシチューで地獄を見るがいい!!」
 「そんなぁ……」
 ―数時間後。
 「むう、勝負が決まらんな」
 倉瀬やなしのの素材への冒涜とも称すべき殺人的料理を腹いっぱいに詰め込まれ、悶絶している下田を横目に遠野校長が唸る。
 「では次の勝負だ。次は歌で勝負としよう」
 ―またまた数時間後。
 「うーむどうにも決まらないな。では次はサクランボの種飛ばし大会で……」
 ―またまたまたまた数時間後。
 「まだ決まらぬ、まだ決まらぬかッ!!」
 「こ、校長……」ずっと実況を続けいいかげん喉をからしている澤井がいった。「み、みんなダウンしています……」
 時はすでに夜。ギャラリーもほんの僅かをのぞいてみな帰ってしまっていた。勝負に参加していた全員もさすがに精根尽き果て、地面に転がっている。
 「むう……最近の若い者は気合が足りんのう」
 「気合だけの問題ではないかと思います……」
 「いや……」それでもリュスカが最後の力を振り絞って起き上がる。「でも、わたしは負けない。必ず勝負に勝って伝説の木の下でお兄ちゃんと……」
 「以下同文……」ロベルタも立ち上がる。なしの、倉瀬もそれに続く。
 体力の限界であっても気力で立ち上がろうとする乙女たちの姿に、遠野校長は涙を滂沱と流す。
 「さすがわが教え子たちよ……たとえ精根尽き果てようとも己が目的のためには立ち上がる。まさに漢の中の漢!!」
 「どうでもいいんだけどさ……」
 その様子を黙って見ていた希が口を挟んだ。
 「伝説の木の下の伝説って、確か卒業式の日限定だったよね」
 「そ、そうだが」
 「……もう深夜0時過ぎちゃって、次の日になっちゃってるよ」
 「な……」「そんな……」「バカな……」
 乙女たちは今度こそ完全に精魂尽き果て、地面に崩れ落ちた。


 さて、件の学校新聞の特ダネはというと。
 『保健室のマドンナ弓音先生、元教え子と婚約

 『噂の相手、万景寺秀峰君に直撃インタビュー』
 けっこう人気はでたようである。



《次回のお題》
 何だか書いているうちに自分でも訳分からなくなってきた次第の今回の新桜花劇場でした。期待していた方には申し訳ないです。
 えーと、後半は主に筆者の暴走です。本当は『わくわく7』や『ギャラクシーファイト』、『フラッシュハイダース』や『豪血寺シリーズ』、『DOA』なんかも出したかったのですが、主に紙幅の都合で断念しました。「訳わかんなーい」という人はどうぞ読み飛ばしてください。どうせ本編には関係のない話ですし。
 ……とはいえ、中には元ネタを調べたいという方もおるかもしれませんね。それでは一応、コスプレの元ネタだけご紹介しておきます。括弧の中は登場したゲームの名前です。

 鬼杏:シャルロット(サムライスピリッツシリーズ)、なしの:武内優香(A.V.G)、リュスカ:ユリ・サカザキ(龍虎の拳シリーズ)、みるふぁ:本田あすか(あすか120%)、倉瀬:デビロット姫(サイバーボッツ)、オタク男:テリー・ボガード(餓狼伝説シリーズ)、秋間:ロボカイ(ギルティギアイクゼクス・リロード)、下田:豪鬼(ストリートファイターシリーズ)

 うーむ、最初のプロットには「鬼杏さんはロイ・マスタングのコスプレで」とか書いてあるのですが……どこをどうして変わってしまったのだろう(ちなみに彼女の台詞に初期プロットの影響が出ています)。

 それはさておき。
 次回は『メイドのココロ』最終回です。すなわちこの新桜花劇場も最終回。
 と、言うわけで、次回のお題は『やりのこしたこと』です。最後のチャンスですので、本編でやりのこしたコトがあれば(あくまでシャレの範囲内で、ですよ)新桜花劇場で思い切りぶちまけてみてください。
 それでは皆さんのステキなアクションをお待ちしております。

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