ACT.6 ゼロアワー マイナス28時間30分


 日がだいぶ西に傾いた頃、遠野の運転する車はMeグループ社に着いた。
 「……随分と手薄ですね」
 遠野は首を傾げた。事前の情報では、Meグループ社は無人戦車とm.s.s.s.によってがっちりガードされていたはずなのだが。
 「やはり、ウィルスを潰すためにすべて出払っているのでしょう」
 辺りに警戒の目を走らせながらみるふぁが言う。ここに来るまでの間、遠野たちは無人戦車やヘリコプターの攻撃を受けて炎上する民家やオフィスビルをいくつも見てきた。最初はマザーの人間に対する無差別攻撃だと思った遠野だったが、どうやらこれは、みるふぁが仕掛けたウィルスを、発信源の端末ごと破壊しているらしかった。一番手っ取り早い解決法を、マザーは選んだというわけである。
 「……とはいえ、100個近い発信源を全部探し出して潰すとしたら、無人戦車とヘリを総動員しても相当な時間がかかるでしょう」と、みるふぁ。「おそらくその間は一般市民への攻撃はないはずです」
 「思わぬところで、ウィルスが役に立ちましたねぇ……」
 シートに深く背もたれながら、遠野が呟く。道すがら見た感じでは、市内南側の住民避難は思ったより順調に進んでいるらしく、特に南町はほとんど無人の状態だった。みるふぁの話では、PCカードは南町にある端末に集中して仕掛けたそうであるから、無人兵器群の攻撃対象はほとんどが人のいない建物のはずである。
 「首の皮一枚、ってところですか」
 「マスター、あれを」
 助手席のみるふぁが外を指差す。そこにはm.s.s.s.のものと思われる兵士たちの死体がいくつも転がっていた。遠目でははっきり分からないが、中にはバラバラに弾け跳んだような死体もある。
 「ひどいですね……」
 「おそらく無人戦車にやられたのでしょう」とみるふぁ。「不要物を処理したのです、きっと」
 遠野は下唇をかんだ。まっさきにマザーに処理されたのは、皮肉にもマザーに請われて護衛を引き受けていた彼らだったのだ。
 「この分では、マザーの言ったとおり葛原社長も……」と、みるふぁ。
 「……急ぎましょう」
 遠野はアクセルを踏んだ。
 Meグループ社の敷地内に入る。中も意外なほど閑散としていた。無人兵器が襲ってくるような気配もない。それでも突然の襲撃を警戒しながら車を進めていた遠野は、見覚えのある車が大きなビルの前に乗り捨ててあるのに気がついた。
 「あれは……万景寺さんのベンツではありませんか?」
 「そうですね」
 見ると万景寺のベンツは無数の銃痕で穴だらけになっていた。その周りには、破壊された軍用SDの残骸がそこかしこに散らばっている。その中に、ひとつだけ軍用SDとは違うものが転がっていることに気づいて、遠野はあわてて車を止めた。
 「どうしたの、賢治ちゃん?」後席の希が尋ねる。遠野は「二人とも待っていてください」とだけ告げると、慌てて車を飛び出してそのものに走り寄った。
 「……まさか……そんな……」
 そのものに近づいてゆくにつれ、嫌な予感が確信に変ってゆく。他の軍用SDの残骸と違い、そのものの周りには、何か赤黒い液体のような物が広がっていた。服装も違う。軍用SDがいわゆる野戦服姿なのに対し、明らかにスカートを身に着けていた。白いエプロンの一部のような物も見える。
 「……そんな、馬鹿な……」遠野は絶句した。「ロベルタさん……」
 ロベルタは仰向けに地面に横たわり、瞳を見開いたまま完全に絶命していた。頭部とわき腹から激しく出血している。おそらく至近距離からピストルかなにかで撃たれたのであろう。地面に広がる血だまりの中に、彼女のメガネが落ちていた。
 「うっ……おえぇ……」
 溜まらず、遠野は地面にかがみこんで嘔吐した。今日食べたものを全部吐き出す。それでも嘔吐は止まらず、遠野は胃液を吐き続けた。
 「賢治ちゃん!」「マスター!」
 異変に気づいた二人が、車から飛び出そうとする。しかし、遠野は「こっちへ来るな」とゼスチャーした。ゆらりと立ち上がり、ふらふらと車に戻ってくる。
 「どうしました、何があったのです?」
 「ロベルタさんが……殺されていました」
 顔面蒼白の遠野が答える。二人は息を飲んだ。
 「……おそらく、このビルの地下にマザーの制御室があるのでしょう」遠野は目の前にそびえたつ本社ビルを見上げた。「そして追撃してきた軍用SDを足止めするためにロベルタは一人ここに残ったのです……そして、相打ちに……」
 遠野の肩が落ちる。ロベルタの本当の殺害者が、実はマザーに乗っ取られたゆ〜にぃであることを、無論彼らは知る由もない。
 「……行きましょう、マスター」やはり顔面蒼白のみるふぁが、それでも不退転の決意を秘めた目で遠野を見た。「もしそうなら、ゆ〜にぃちゃんも、いえ、ゆ〜にぃちゃんを操っているマザーもきっと彼らを追ってこのビルに入ったはずです」
 「ええ……」遠野が頷く。「みるふぁさんの言うとおりです。今は一刻を争います」
 「その前に」みるふぁはそういうと、自分がつけていたエプロンを外した。何事かと見守る遠野と希の前で、みるふぁはロベルタの遺体の傍にかがみこむと、自分のエプロンをそっと被せてやった。
 「せめて……安らかにお眠りください……」
 祈りを捧げるみるふぁ。そして立ち上がり、二人のほうを振り向いて言った。
 「さあ、急ぎましょう」

 

 「ここか」
 本社ビルの地下10階。無機質な金属製の扉の前に倉瀬たちはいた。扉のプレートには『制御室』と日本語で書かれている。
 「いよいよねぇ……」秋間も緊張を隠せない。
 「では、開けるぞ」下田がドアノブに手を伸ばす。
 鍵はかかっておらず、扉は実にあっけなく開いた。中は暗い。下田は扉の横にある壁を手で探った。スイッチの感触を見つけ、明かりをつける。
 「……ここが制御室」
 そこは100畳ほどの広さのある部屋だった。たくさんのコンソールが整然と部屋に並べられており、モニタが鈍い光を発している。まるで大空港のレーダー管制室の様だった。人影はない。
 壁の一面はガラス張りになっている。下田が近寄ってみると、ガラスの向こうには制御室のさらに数倍の広さを持つ部屋が広がっており。見渡す限り無数の箱がびっしりと並べられていた。それぞれの箱は大体高さ2メートルくらい。プラスチックかなにかで出来ているように見える。
 「これが、マザーの本体です」
 ガラス越しに広がる景色をあっけに取られて見ていた下田に、傍によってきた鬼杏が説明する。
 「あの部屋にある箱のひとつひとつが、高性能のスーパーコンピュータなみの計算力を持っているのです」
 「すごいな……」下田はうめくように言う。「実際、鬼杏たちを動かしてるコンピュータってのはすごく高性能だと思ってはいたが……このように実際のものとして見せられると、想像以上のすごさだってことが分かる」
 「感心している場合ではない」倉瀬が言った。「私たちはこれから、こいつを何とかして説得しなければならないのだぞ」
 「……本当に、できるのか?」下田は振り向いて聞いた。「こんなばかでかい電子頭脳を言いくるめるなんて」
 「やるしかあるまいて」
 倉瀬の代わりに万景寺が答える。「そのためにワシらはここまで来たのじゃからな」
 「……ひとの想いは神々の力を超えることもある、か」
 「なんのことですか、旦那様?」
 ぽつりと呟いた前園に、まつが尋ねる。
 「いえ、昔オレが書いた作品の登場人物に言わせた言葉ですよ」前園は笑って、「その登場人物は、たった一人の仇を討つために多くの命を奪った末、結局それを果たせないまま死んでしまいました」
 「……」
 「ふと、その事を思い出してね。それで……オレたちの想いは、この事態を引き起こしたものたちの思惑をこえることが出来るのだろうか、と思ったのさ」
 「想うだけで望みがすべてかなうなら」と、なしの。「世の中に苦労することはなにもないであろ」
 「まずは行動せよ、よ。前園ちゃん」秋間がウインクする。「陳腐な言い回しだけどさ、最初から諦めてたら何も出来ないのよ」
 「それともう一つ」とこれは弓音。「マザーは神様なんかじゃない。高性能のコンピュータだ。あんたたち人間が作り上げた機械なのさ」
 「そういうこと」リュスカが弓音の言を次ぐ。「わたしたち電子頭脳知性体からみればあなたたち人間の方が創造主、つまり神様よ。ひるむことは何もないわ」
 「いい言葉だ……」
 倉瀬はふっと笑みを浮かべた。そう、ひるむようなことは何もない。
 『貴殿たち侵入者に告げる』
 突然、部屋の中に無機質な声が響き渡った。男の声とも女のとも違う、中性的な声。
 『われ、マザーは新しいデータを踏まえた上での再シミュレーションの結果、人間に対する評価を変更することにした』
 「評価の変更だって?」
 『そうだ。われは、人間の存在及び活動は、われが統括するシステムの運営の阻害になるのみならず、あらゆる手段を以てわれ及びわれの統括するシステムに対する破壊活動を行うものと判断した。そして、このまま放置しておけば24時間以内にわれ及びわれの統括するシステムに深刻なダメージを与えうる可能性があると判断した』
 「ワシらは新桜花市という身体に巣食う、がん細胞というわけか」と万景寺。
 『これにを阻止するための対策として、われは現在市内に残っている全人間に対し、無警告・無差別の攻撃を実行するのが有効と判断した』マザーは万景寺の発言を無視して続ける。『しかしながら、現在われは広範囲にわたって実行されているウィルス攻撃の対策に追われており、人間の排除を実行できないでいるのが現状である』
 「……それで?」倉瀬が尋ね返す。
 『われは無用な争いを避けたいと考えている』とマザー。『新桜花市民に対しては、兼ねてよりの約束どおり期限までに新桜花市を退去するのであれば、われはいっさいの危害を加えるつもりはない』
 「自分たちはどうしろというんだ?」と下田。
 『貴殿たちはリースされているSDの権利の一切を放棄し、早々にこの場から立ち去れ。必要なら案内役をつけてやってもいい。退去までの貴殿たちの身の安全は保障する。新桜花市からの退去期限は他の市民と同じだ』
 「えーと、つまり」秋間が訊く。「それはリュスカやなしのちゃんたちSDをここに置いてここから出て行ってくれっていうことかしら?」
 『具体的に言えばその通りだ』
 「それはちょっと出来ませんね」前園が首を横に振る。
 『何故だ?』
 「簡単な話ですよ」と前園は言うと、傍らのまつの肩をむりやり抱き寄せた。「まつたちSDが、オレたちマスターのことを離したがらない」
 「だ、旦那様……」
 「以下どーぶん!!」リュスカが秋間に背中に抱きつく。
 なしのも、弓音も、鬼杏もそれぞれのマスターの元に寄り添った。
 「そういうわけだ」「やれるものなら」「やってみな、でございます」
 『了解した』とマザー。『貴殿たちが自らの身の安全を省みずにこの場に留まる理由は、SDたちの要請があってのことなのだな』
 「SDの望みであると同時に、ワシたちマスター全員の望みでもあるのじゃ」と万景寺。
 『ならば、この場にいるSDたちがすべて破壊されれば、貴殿たちがここに留まる理由も消滅するだろう』
 「なんじゃと?」
 「つまり、われがこの場にいるSDをすべて破壊するということだ」
 背後から突然かけられた声に、一行はあわてて振り向く。
 制御室の入り口に、1体のSDが立っていた。右手にピストル、左手に血だらけの日本刀を持ち、全身に返り血を浴びた凄惨な格好をしているそれは、しかしこの場にいる全員がよく知っているSDだった。
 「アンタ、たしか深大寺希とかいう娘の……」「ゆ〜にぃちゃん、だったわね?」
 「たしかにこのSDはかつて『ゆ〜にぃ』というパーソナルネームで呼ばれていたが」ゆ〜にぃ、と呼ばれたそのSDは、無表情で答える。「今は、われ、マザーによる直接のコントロール下にある」
 「……なんてこった」と秋間。「まさかとは思うけど、ゆ〜にぃちゃんのマスターは無事でしょうね」
 「排撃しようとしたが、思わぬ反撃を受け退却せざるをえなかった」とマザー。
 「ならいいけど」
 「よくないわよ!!」リュスカが秋間の背中をつねる。「あのコはわたしたちSDを破壊するためにここに来たのよ」
 「その通りだ」
 マザーそう答えると、ゆっくりと右手に持ったピストルの銃口をSDたちの方に向けた。「われの邪魔をするものは、人間であろうとSDであろうとすべて排除する!!」

 

 ついにマザーの本陣までたどり着いた一行。
 しかし、最後の最後に彼らの前に立ちはだかったのは、マザーにコントロールのすべてを奪われた、希のSDゆ〜にぃだった。
 一方、ゆ〜にぃを奪われてしまった希と遠野、そしてみるふぁは、彼女を奪還すべく本社ビルの地下を走る。
 「ゆ〜にぃちゃん、待っていてね。今度はボクが、キミのことを助けてあげるから!!」
 はたして、希の願いはかなうのか。
 そして、SDとそのマスターが夢見る『人間とSDの共存する世界』を、彼らは築くことはできるのか。
 人間とSDたちの未来を賭けた最後の闘いの火ぶたが、今静かに切って落とされる…… 

次へ
前へ
リアクションTOPへ