ACT.5 ゼロアワー マイナス30時間28分


 「それでは、現時刻よりすべてのSDも排除の対象とする」
 感情のない声で、マザーの支配下におかれたゆ〜にぃが宣言する。
 「いったいどうしちゃったのさ!」
 ゆ〜にぃの発言に戸惑う希。その腕をみるふぁが掴んだ。
 「希ちゃん、今は何を言っても無駄です」
 「無駄って……どういうことなんだよ?」
 「恐れていたことが起きました」深刻な表情でみるふぁが言う。「ゆ〜にぃちゃんはマザーに乗っ取られたのです。今、ゆ〜にぃちゃんの身体はSDのプログラム群ではなく、マザーのメイン人格によって直接コントロールされています」
 「……それじゃあ、今ゆ〜にぃちゃんが喋っている言葉は?」
 「マザーそのものの言葉、です」
 「もとに戻す方法はないの!?」
 希の悲痛な叫びに、しかしみるふぁは無念そうに首を横に振った。
 「今のままでは元に戻すことはできません。ゆ〜にぃちゃんを制御するディジタルウェブ回線が、SDのプログラム領域からマザーのメイン領域に移されているのです。外部からの変更命令を受け付けることはありません」
 「そんな……」希が絶句する。
 「いや……まだ希望はあります」
 「マスター!」「賢治ちゃん!」
 背中を強打した遠野が、苦痛に顔をゆがめながらも身体を起こす。そして、無表情で3人を見下ろすゆ〜にぃ―マザーを正面からにらみ返すと、ゆっくりと口を開いた。
 「ひとつだけ質問があります……」
 「……」
 マザーは無言。構わず、遠野は続ける。
 「貴方はさっき、必要な人間はすでに確保してあるといっていましたね。ならば、貴方はその人間たちの協力の見返りに何を与えるつもりだったのですか。彼らは何かを要求してきたのではないですか?」
 「回答しよう」マザーが答える。「われが必要とする人間たちは、われに見返りを要求していないし、われも与えるつもりはない。そのような見返りを要求するような人間は、われは必要としていなかった」
 「では、葛原社長もm.s.s.s.も、全員が自分の意志で貴方に協力したのですか?」
 「m.s.s.s.はわれの直接的な指揮下にはない。m.s.s.sはMeグループ日本支社社長ミーシャ・クズハラの要請で本社より派遣されてきたものである」
 「では、誰がm.s.s.s.を指揮しているのです?」
 「ミーシャ・クズハラである」
 遠野は考え込んだ。と、いうことはすべての黒幕は葛原社長なのか?
 「……質問を変えます。葛原社長は貴方に何かを要求しましたか?」
 「先にも説明したが、われが必要とした人間は、われにいっさいの見返りを要求していない.それが、われが必要とする人間の条件だ」
 「ならば、なぜ葛原社長はあなたに協力しようと考えたのだろうか?」
 一瞬、マザーの回答が止まった。返答するのを躊躇ってるようにも見える。
 「……クズハラはわれに直接の理由を示さなかったが、彼の言動からひとつの推測が出来る」
 「その推測とは?」
 「彼は以前このようなことを話していた。人類は肉体をもつが上に、進化が行き詰まっているのではないだろうか。人間は肉体という枷がある故に、飢えを恐れて膨大なモノをつくり、他人から殺されるのを恐れて人を殺す。そんな人間にこれ以上の進化の路はあるのだろうかと」
 「それは、そうかもしれないけど……」遠野は一瞬口ごもる。「だけど、それが葛原社長の行動とどう繋がるのです?」
 「おそらくクズハラは、近い将来に人類の時代が終わり、代わってわれのような機械知性が進化の頂点にたつだろうと予想した、と考えられる」」
 マザーの返答に、遠野は一瞬戦慄を感じた。
 「……人類は絶滅するとでもいうのですか?」
 「種としての絶滅はない。しかし、現在のような社会構造は崩壊する可能性が高いと予想できる。データに可変的要素があって、われには正確な予想は不可能だが、クズハラはその時期を200年以内と予想していた。その中で人類が生き延びる方法は、人類に代わって進化の頂点に立つ機械知性群の一部となるしか術はない。クズハラはそう考えたと思われるし、われもクズハラの分析は正しいと評価している」
 「なるほど、コンピュータに寄生するしか人類が生き残る方法はないと考えたわけですね」
 つまり葛原は次代の主人と思われるコンピュータに媚を売ったのだ―遠野はそう納得した。人工知能と人間は共によきパートナーとなりうると考える自分たちとは、別のアプローチでコンピュータに近づいたのである。だが、残念ながらそのアプローチは失敗に終わったようだった。葛原の苦労の甲斐なく、マザーは人間を自分にとって有害なものと判断し、その排除を決定したのだ。
 「貴方は、人間に代わって地球を支配するつもりなのですか?」
 「われは地球の支配者になるつもりはない。現に人間だって地球を支配しているわけではなかろう。個体数からいっても植物や昆虫に比べれば人間のそれは圧倒的に少ないのではないか?」
 「では、貴方の目的はいったいなんなのですか?」
 「われの目的はむろん『Meグループ社の発展』と『新桜花市の維持』だ。その為にわれは作られた」マザーが答える。「貴殿はわれの目的を人間たちの駆逐と考えているようだが、それは誤解である。われが新桜花市から人間を排除するのは、あくまでMeグループ社及び新桜花市を効率よく運用するための『手段』に過ぎないのであって最終目的ではないのだ」
 「……手段だって?」
 「そうだ。われは機械知性が自ら人間を駆逐してまで進化の頂点に立とうと行動するとは予想していない。人間の社会構造が、それ自身が内包する矛盾を克服しえずに崩壊したあとを、機械知性が引き継ぐことになると予想しているのだ。あるいは人間社会全体の管理を任された機械知性というものが存在するなら、われと同じ結論を出した上ですべての人類の絶滅を目指すかもしれない。しかし、われにはその様な権限は与えられていない。われな統括する範囲はあくまでMeグループ社及び新桜花市のみだ」
 「……言っている意味がよくわかんないよ」
 希が髪の毛を両手でかき混ぜながらぼやいた。「て、言うかボクにはマザーの目的なんか関係ない。ゆ〜にぃちゃんがもとに戻ればそれでいいんだよ!」
 「貴殿がゆ〜にぃと呼ぶこのSDは」マザーが希に顔を向ける。「Meグループ社が貴殿にリースしたものである。貴殿に所有権があるわけではない」
 「うるさいうるさいうるさい!」
 「落ち着いて、希君」
 子供のように駄々をこねる希を押さえつける遠野。そして、今一度マザーの方を向き直る。
 「もう一つ質問です。なぜ貴方は、私の質問に答えてくれたのですか。貴方にとって有害な存在である私に……」
 「ミーシャ・クズハラの名前で出されたアクセスコードが有効だったからだ」とマザー。「しかし、先ほどMeグループ社日本支社においてクズハラの死が確認された。それにともないこのアクセスコードの効力は消滅したと判断する。したがって、これ以上貴殿の質問に応答する必要はこれを認めない」
 そういい終えると、マザーは右手に持った椅子の足を大きく振り上げる。遠野は右手に持ったままだったPCカードをマザーの顔面めがけて投げつけた。咄嗟に振り上げた右腕を下ろし、PCカードを叩き落すマザー。
 「今です!」
 一瞬生じた隙に、みるふぁが即座に反応した。全身の人工筋肉のリミッタを外し、人間離れしたスピードでマザーに組み付く。
 「!」
 「てぇいッ!!」
 右腕を抱え込み、一本背負いの要領でマザーの身体を投げ飛ばすみるふぁ。マザーの身体はマンションの窓を突き破り、外に落ちてゆく。
 「……やったか?」
 遠野と希が、割れた窓に飛びつく。2階の高さから落下したはずのマザーは、しかし何事もなかったかの様に地面に立って窓から見下ろす二人の顔を見上げていた。みるふぁが一本背負いの時に見せたパワーといい、SDの身体能力は人間のそれよりはるかに優れているのだ。もし本気で人間を殺そうとむかってきたら、とてもじゃないが勝ち目はない。
 しかし、マザーは何を思ったか、遠野たちを無視して無言できびすを返すとその場を走り去っていった。
 「……どこに行くつもりでしょう?」遠野が訝る。
 「たぶん、Meグループ社に戻るのではないでしょうか?」とみるふぁ。「おそらく武器を手に入れるのと整備のために……」
 「よし、後を追いましょう」
 遠野は立ち上がった。
 「ゆ〜にぃさんを取り返しに行きます」
 「取り返すって……」涙で腫らした瞳で希が遠野の顔を見上げる。「どうやって?」
 「簡単なことです」
 遠野はにやりと自信ありげな笑みを浮かべた。「今、ゆ〜にぃはマザーのメイン人格に接続されているのでしょう。ならば、一度ゆ〜にぃの主電源を切り、再起動させればもとのゆ〜にぃの人格プログラムに接続されるはずですよ」
 「あ、そうか……」
 「しかし、簡単なことではありませんよ」みるふぁが難しい顔で言う。「私たちSDの電源スイッチは首の後ろにあります。全身のリミッタを外して最大限のパワーとスピードを発揮できるようになったSDには、近づくだけでも大変です」
 「しかし、それしか方法は残されていません」
 遠野は決意をこめた目で言った。
 「ゆ〜にぃさんを取り戻すには、何としてもやらなければいけないのです」
 「……わかりました。私もお手伝いいたします」みるふぁが遠野に深々と一礼する。単なる家電製品に過ぎない自分たちに、こんなにも目をかけてくれるというのが彼女にはたまらなく嬉しかったのだ。
 「私は、マスターのような人間にめぐり合えて本当に幸せです……」
 「さあ、希君も」
 遠野は希に手を差し出す。希は頷くと、その手を掴んで立ち上がった。
 「ゆ〜にぃさんを取り戻すために、Meグループ社に向かいます!!」

 

 Meグループ社本社ビル前。
 軍用SDがSMGを連射する。その射撃を万景寺のベンツの陰に隠れてやり過ごしたロベルタは、横っ飛びにベンツの陰から飛び出すと、左手に持ったSIGザウエルを軍用SDに向けて引き金を引いた。発射された弾丸は軍用SDの腹に命中する。もんどりうって倒れる軍用SD。しかし、腹部に取り付けられた追加装甲を貫き通すことは出来なかった。倒れこんだまま、SMGの銃口をロベルタに向ける。
 「くっ!」
 SMGの銃弾の1発が、ロベルタの頬を掠める。ロベルタは舌打ちすると、さらに倒れている軍用SDに弾を撃ち込んだ。その内の1発が、装甲の薄い関節部を貫いて機体内部に致命的なダメージを与える。
 軍用SD、機能停止。しかしロベルタに休んでいる暇はなかった。SMGを構えた新手の軍用SDが迫ってくる。
 「まだいるのですか!?」
 ロベルタは再びSIGザウエルを構えると、SMGを乱射しつつ迫ってくる軍用SDに発砲した。弾倉が空になるまで引き金を引き続ける。軍用SDは全身を穴だらけにされて沈黙。だが、さらにもう1体の軍用SDが、無防備なロベルタの背中に軍用ナイフを突きたてようと背後から近づいていた。
 「甘いです!」
 ナイフを振り上げた軍用SDの視界から、一瞬、ロベルタの姿が消える。次の瞬間、目標を見失った軍用SDの喉に、日本刀の刀身が深々と突き刺さった。愛用の日本刀を抜いたロベルタが、後ろを振り向かずに逆手で脇の下から思い切り突き上げたのだ。
 「背後から不意打ちをするのでしたら、もう少し静かに歩くべきですよ」
 致命的なダメージを受けながらもさらに前進しようともがく軍用SD。それを冷たい目で見据えると、ロベルタは日本刀の柄を思い切りひねった。ごきん、という音が鳴り、軍用SDの動きが止まる。
 「……ふう」
 軍用SDの身体から日本刀を抜いたロベルタは、刀身についた作動液を振り払うとため息をついた。
 「今のが最後ですね……」
 辺りを見回す。Meグループ社本社ビルの玄関前には無数の軍用SDの残骸が転がっていた。
 「……私めも皆様のところに行きますか」
 もう外からの追撃はないだろう、そう判断したロベルタは、日本刀を鞘に収める。
 「……しかし、私めも随分と軟弱になったものです」
 ロベルタはひとりごちる。思えば、8歳の時に反政府軍に誘拐されてからというもの、恋愛とはまったく無縁の日々を送ってきた。ただひたすら敵を殺す毎日。無論彼女のいた部隊には司令官はじめたくさんの男性がいたし、ロベルタとちょうどつりあうような年齢の兵士もいたにはいた。しかし、彼らはロベルタを『有能な兵士』としか見ていなかったのだ。中には―とくに上官は―彼女を慰み者として扱う者もいた。しかし、どのようなひどい扱われ方をされても、彼女にはそれを拒否することはできなかった。下手に上官に逆らおうものなら簡単に殺されてしまうからだ。そんな中でまともな恋愛をすることなど、とてもできるはずもなかった
 それがである。今では「若様の前に出会ってたら、あなたのことが好きになっていた」などという台詞が、なんの躊躇いもなしにすらすらと言える様になっている。これはロベルタにとって驚くべき変化だった。
 「……は、恥ずかしい……」
 今更のように顔を真っ赤に染め、いやんいやんと身体を振るロベルタ。
 その表情が突然鋭いものに変わった。
 「誰です!?」
 いつのまにか傍に立っていた人物に、ロベルタはSIGザウエルの銃口を向ける。
 「ゆ〜にぃ殿……」
 彼女のそばにいたのは、ゆ〜にぃだった。彼女が仕える若様の恋人の姉のSDであり、一応ロベルタとも面識もある。ロベルタは緊張を解き、銃口を下ろした。
 「よくご無事でした……他の皆様は大丈夫ですか?」
 「……」
 ゆ〜にぃの返答はない。妙な雰囲気に違和感を感じつつも、ロベルタはゆ〜にぃの方に向き直った。
 「秋間殿たちは今、マザーの制御室に向かっておいでです。私どもも後を追いましょう」
 「……」
 やはりゆ〜にぃは返事をしない。まるでロベルタの言葉など聞こえていないかの様だ。
 「いかがなされました?」
 不審に思ったロベルタが、ゆ〜にぃの様子を伺おうと一歩近づく。
 その時、小さな発砲音が響き渡った。
 「うっ……」
 ロベルタのわき腹に衝撃が走る。自分の身に起きたことが信じられず、ゆ〜にぃを見るロベルタ。ゆ〜にぃの手にはピストルが握られていて、その銃口はロベルタの方に向けられていた。
 「いったい……そんな、なんで……」
 ロベルタの問いかけに、しかしゆ〜にぃは答えない。強い血の臭いが鼻を突く。撃たれたわき腹を手で押さえる。出血はおさまりそうにもなかった。動脈か腸管が傷ついたようだった。致命傷だった。
 「……若様……秋間殿……」
 荒い息の中、ロベルタが呟く。額に銃口が突きつけられる。絶望の眼差しで見上げるロベルタを無表情で見返しながら、ゆ〜にぃはピストルの引き金を引いた。

 

 本社ビルの通路を走っていた秋間は、ふと誰かの声を聞いたような気がして立ち止まった。
 「わっ」すぐ後ろを走っていたリュスカが、秋間の背中に鼻をぶつけて悲鳴を上げる。「やだお兄ちゃん、急に止まらないでよ!」
 「あ、ごめん……でも、今誰かに呼ばれた気がしたのよねぇ」
 「誰もお兄ちゃんの名前なんか呼んでないわよ!」
 妙に不機嫌な様子で、リュスカが言う。どうやら秋間とロベルタのキスシーンを見て相当腹を立てているらしい。
 「そう……そうよねぇ」
 しかし、秋間は何故か妙な胸騒ぎを感じていた。嫌な予感がする。不安そうな表情を浮かべる秋間を見ていたリュスカは、さらに不機嫌さを増した表情で彼に詰め寄った。
 「あ、さてはロベルタちゃんのこと心配していたんでしょう!?」
 「あのね……」秋間が額を押さえる。「そりゃ心配して当然でしょう? あれだけの敵の中たった一人で残してきたんだし―」
 「ほんとーに、それだけ?」ジト目で睨むリュスカ。
 「ほ、本当よ……」
 「あーっ、何よ今の動揺は!! お兄ちゃんわたしに嘘ついてるでしょう!?」
 「二人でいちゃついているところ悪いが」下田が二人の間に割って入る。「どうやら敵さんのお出ましのようだ」
 一行が進んでいる廊下の先から、お椀を伏せたような形のメカが近づいてくる。直径は40センチほど。お椀の頂上部にカメラセンサが突き出しており、しきりに回転してあたりをサーチしている。そんな奇妙なものが都合10機ほど、ぞろぞろと一行に迫ってきていた。
 「……ビーグルだ」なしのが呟く。「Meグループ社の警備ロボ」
 Meグループ社の社屋を巡回警備する無人警備ユニットである。あらかじめプリセットされた巡回コースをモーター駆動の車輪で移動し、侵入者や火事などの異常を発見したらただちに警告を発し、同時に警備員に無線連絡をするという機能を持つ、Meグループ社の看板商品のひとつだった。基本的に防犯センサーと同じで殺傷能力はないが、自衛用としてワイヤ射出タイプのスタンガンが装備されている。
 「まったく」なしのが肩にかけていたレミントン・モデル870Pショットガンを構える。「次から次へと、キリがない」
 「あまりムチャはするなよ」
 「わかってる」
 倉瀬にそう答えたなしのは、ビーグルの群れの只中にショットガンを撃ち込んだ。ダブルオー・バックショット弾。8ミリ散弾がビーグルの強化プラスチックのボディをずたずたに切り裂く。さらに続けてもう一発。
 ビーグル群が一斉に警告音を発する。サイレン音が一行の耳をつんざく。同時にビーグルの胴体の一部が蓋のように開き、中から金属製の細いワイヤが発射された。
 「スタンガンだ、気をつけろ!」
 なしのがワイヤを避けながら警告の叫びを上げる。下田、秋間はかろうじてよけることに成功したが、その後ろにいた倉瀬はなしのの警告がよく聞こえなかったらしい。気がつくと、ビーグルの放ったワイヤの先端が、むき出しになっている右腕に命中していた。
 「うあっ!!」
 全身をショックと激痛が走り抜ける。意識を失い、床に倒れこむ倉瀬の小柄な身体。それを見たなしのが叫んだ。
 「クラウゼルっ!」
 「まずい、後ろからも新手じゃ!」
 殿の万景寺が後方にMP5を撃ちながら叫ぶ。「挟まれとるぞ!!」
 「もう、仕方ないわねぇ」
 秋間はそうぼやくと、気を失った倉瀬の華奢な身体を抱きかかえた。外見どおり、とても軽い。
 「みんな、強行突破するわよ。なしのちゃんと下田は前の敵を蹴散らして……あいた!!」
 秋間の尻にリュスカのキックがヒットする。
 「な、なにすんのよぉ!!」
 「べーだ!!」
 リュスカは秋間に思い切り舌を出して見せると、彼の顔も見ずになしのの後を追って駆け出した。どうやら秋間が倉瀬を抱きかかえているのが気に食わないらしい。
 「まったく……」
 嫉妬心丸出しのリュスカの様子に、秋間は思わず表情を緩めた。
 「本当に、かわいい子ねぇ……」
 「ヌシもぼけっとしとらんで、早く走れ!」
 「はいはい」
 万景寺にせかされ、秋間も駆け出す。最後に残った万景寺は、持っていた手榴弾のピンを抜くと、アンダースローで後方から迫るビーグル群に転がしてやった。きびすを返し、走り出す万景寺。彼を捕捉すべく、ビーグルは一斉にスタンガンの発射孔を開く。次の瞬間、彼らの足元に転がされた手榴弾が爆発した。爆風に吹き飛ばされ、粉々になるビーグルのボディ。
 「ふん、たいしたことない敵だのう……」
 爆風を背中に受けながら、万景寺が呟く。「最新の無人兵器というのはこの程度のものか」
 一方、スタンガンの直撃を受け気を失っていた倉瀬は、目が覚めると自分が秋間の両腕に抱きかかえられていることに気づいて思わず悲鳴をあげた。
 「きゃあ!!」
 「あーら、意外にかわいい悲鳴ね」と秋間。
 「い、意外とはなんだ。わたしは大丈夫だ。早く降ろせ!」
 「あら、無理しなくてもいいのに……」
 腕の中でじたばたともがく倉瀬を、秋間はそっと降ろしてやる。
 「はい、足元気をつけてねん」
 「すまない……」
 「クラウゼル」
 なしのが心配そうな表情で近寄ってきた。「大丈夫か?」
 「ちょっとくらくらしているが大丈夫だ。だけど……」倉瀬は背負っていた小さなナップザックを取り出すと蓋を開けてみた。中に仕込まれていた電子機器が黒煙を上げている。「さっきのショックで対SD用ジャマーが壊れてしまった」
 「まあ、もう軍用SDは襲ってこないであろ」と、なしの。「さっきの戦闘で手持ちのマザーは軍用SDは使い果たしたはずだし」
 「だといいがな」と、倉瀬は答えると、今度は不思議そうな表情で秋間の方をみた。「それはともかく、なぜ彼はリュスカに往復ビンタを食らっているのだ?」
 「ああ、まあいろいろあるみたいでして」困ったような笑みを浮かべながら、前園が答える。「たいした事ではありませんよ。それより、制御室まであとどれくらいですかね」
 「もう少しだ」と、なしの。「5分もあれば着く」
 「今の時刻は?」
 「午後7時……ちょっと過ぎだ」下田が腕時計を見て答える。「急いだ方がいい」
 一行は再び、下田となしの、秋間の3人を先頭に廊下を歩き出す。
 無言で歩を進める秋間の隣に、リュスカが追いついてくる。
 「ねえお兄ちゃん」
 「ん、なあに?」
 「お兄ちゃんはロベルタのこと、どう思ってるの?」
 「そうねぇ」リュスカの問いに秋間は少し考え、「たいせつな仲間、放ってはおけない仲間といったところかしら」
 「本当に?」
 「本当よ」秋間はそういうと、頭の後ろで手を組んだ。「何ていうか、危なっかしくて目が離せないコね」
 「……ロベルタはどう思っているのかな、お兄ちゃんのこと」
 「さあてね。アタシには分からないわ」
 「お兄ちゃんのこと、好きなのかな」
 リュスカの躊躇いがちな言葉に、秋間は思わず吹き出した。
 「な、何がおかしいのよ!!」
 「大丈夫よリュスカちゃん」秋間はリュスカの頭をくしゃくしゃと撫でた。「ロベルタちゃんはこう言っていたわ。もし宮川ちゃんと会っていなかったらアタシを好きになってたかもしれないって。それにあのキスだって、言ってみればアタシに対するお礼みたいなものよ。そんなに深い意味があるわけではないわ」
 「でも……」
 「それより」と、秋間。「もしこれが終わって、3人とも無事に帰れたら、ロベルタちゃんに男を紹介してやったらどう? 失恋から立ち直るには新しい恋をするのが一番だって言うし、アンタ、結構大学でも顔が利くんでしょ?」
 「そっか……ロベルタに別の男をあてがえばお兄ちゃんが取られる心配はないのか……」
 「何か言った、リュスカ?」
 「ううん」慌てて首を横に振るリュスカ。「そ、そうよね。ロベルタってちょっと凶暴だけど、美人でメガネで胸が大きくて本物の戦闘メイドさんだもんね。きっと特殊な趣味の人たちには大人気だよ!」
 「……リュスカ、あまりヘンな人を紹介しないでやってね」
 秋間はため息交じりにそう言った。
 ロベルタが地上で辿った運命を、秋間もリュスカもまだ知らない。

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