ACT.1 BATTLE OVER 新桜花市 

 「……いったいぜんたい、どうなっているんだ!」
 民放某局の報道ヘリコプターの中で、中継を担当するキャスターが声を上げた。
 「国道がトラックで埋まっているじゃないか」
 彼らが飛行しているのは新桜花市の郊外。新桜花市で原因不明の連続爆発が起こったらしいとの情報を受けた民放テレビ局が、大至急ヘリコプターをチャーターしてカメラマンと共に現地に向かわせたのである。そこで彼らが見たものは、国道を埋め尽くすトラックなど自動車の列と、そしてまるで爆撃でも受けたかのように無残に破壊された橋やトンネル、JRの線路の数々だった。
 「どうやら市境で道路封鎖されてるようです」
 地上と連絡をとっていたパイロットが後ろに叫ぶ。
 「戦車が道を塞いでるって話ですよ!」
 「戦車だ? 自衛隊か!?」
 「さあね。自衛隊からの発表は全然ないみたいスけどね」
 キャスターはむう、と唸ったきり黙りこんだ。早朝に連絡を受けたときにはタンクローリーでも爆発したかと思ったのだが、これはどうやらそんな生易しい事件ではないらしい。
 「自衛隊のクーデターですかね?」
 カメラマンがキャスターに尋ねる。
 「さあな。もしかしたらどこぞのテロなのかもしれん」キャスターが頭を振る。「いずれにしても橋とトンネルを徹底的に潰しているんだ。おそらく軍隊かそれに類する連中の仕業と考えていいだろうな」
 「おー怖い怖い」カメラマンがぶるると震える。「でも、新桜花市ってのはMeグループ社のいわば城下町なんでしょう?」
 「そうだ」
 「ンなところを占拠して何しようってんですかねぇ……?」
 「俺が知るか」
 「どうしますか?」パイロットが尋ねてくる。「予定通り市内まで行きますか?」
 「そうだな……とりあえずは道を塞いでいるという戦車の面を拝んでやろう」
 キャスターが少し考えてから付け加える。「市内に入るのはとりあえず後だ」
 「了解」
 ヘリコプターが加速する。
 「他の社のヘリコプターも結構来てますねぇ」
 カメラマンが窓の外を眺める。よく見ると、自分たちのヘリの他にも数機のヘリが新桜花郊外を旋回しているのが見える。
 「ぼやぼやしていないで、カメラのスタンバイだ」
 キャスターがたしなめる。「そろそろ中継が始まるぞ」
 「見えた!」
 パイロットが叫ぶ。
 「戦車だ!!」
 キャスターとカメラマンが身を乗り出す。ちょうど峠になっているところにいかつい外見の装輪車両が2両、確かに道を塞いでいる。戦車というよりは装甲車の様に見えた。乗員や兵士の姿は見当たらない。
 「見たことのないタイプだな……」
 キャスターが呟く。以前アグジェリアの内戦を取材したときに、世界の主な戦闘装甲車両について一通り覚えたつもりだったのだが、いま眼下の道を塞いでいるそれは、記憶にあるどの戦闘車両のシルエットとも当てはまらない。
 「……いったい何者だ?」
 その時、前方を飛んでいた他社の報道ヘリコプターが、突然爆発した。
 「おわあっ!」「な、何だ!」
 衝撃にヘリが震える。パイロットは慌てて機体を急旋回。新桜花市から離れるコースを取る。その間にも、もう1機のヘリコプターが爆発。青ざめた表情のパイロットが叫ぶ。
 「ミサイルによる攻撃だぞ!」
 パイロットは、ヘリが爆発する直前に後方から細長い何かが突っ込んでいくところを見ていた。「くそ、自衛隊のクーデターだ!!」
 「バカな!」
 カメラマンが叫ぶ。その時、キャスターは視界の片隅になにか煙のようなものを捉えた。
 「ん?」
 眼下の地面を見下ろす。新桜花市側の低い山の頂上からぱっと煙が上がるのが見え、そこから何か小さいものがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
 「うお……ミサイル!!」
 それが、自分が乗っているヘリコプターに向けて発射されたミサイルだと気づいたときには、すでにミサイルは眼前に迫っていた。一瞬後、キャスターの身体はヘリもろごと爆散。粉々になったヘリの破片は国道を埋め尽くしているトラックの上にばら撒かれる。
 新桜花市上空に進入しようとした報道関係のヘリコプターが一瞬にしてすべて撃墜されのと同じ頃、新桜花警察署では、原因不明の都市インフラのダウンによる混乱を何とか収拾しようと躍起になっていた。
 「電話もメールもすべて通じないのか!」
 署長が部下にがなりたてる。「いったい何が起きているんだ!」
 「わ、わかりません!」と、部下の刑事。「市内全域が停電、水道もガスも完全ストップしています」
 「市外に連絡は取れんのか?」
 「は、はい……」
 刑事が力なく答える。半田刑事が立ち上がった。
 「署長、やっぱり夕べ送られてきたこのメールの送り主が犯人じゃないンですか?」
 「……バカなことを言うな」
 無論、署長の携帯端末にもマザーからのメールは送られていた。が、その内容をにわかに信じることは彼には出来なかったのだ。マザーが反乱だって? 相手はコンピュータだぞ。10年以上昔に見た『マトリックス』とかいう映画じゃあるまいし、電子頭脳が反乱なんておこすわけがない!
 「署長!」
 その時、部下の一人が窓の外を見て叫んだ。
 「な……」
 署長が息を呑む。いつのまに飛来していたのか、窓のすぐ外に無人戦闘ヘリコプターの鋭角的なシルエットが浮かんでいた。ちょうど窓から署内を覗き込むかのように、機首をこちらに向けている。ヘリコプターの機首にある機関砲の砲口が署内に向けられたのを見て、半田が叫んだ。
 「みんな逃げっ……!!」
 機関砲が火を噴き、署内の窓を、机を、椅子を、そして刑事たちの身体を切り裂いてゆく。動くものがなくなるまで署内を念入りに機銃掃射したヘリコプターは一度上昇すると、今度はミサイルを4発、警察署の建物に撃ち込んだ。
 大きな爆発とともに、炎上する警察署。異変に気づき、かろうじて建物を逃げ出すことが出来た警官も、ことごとく低空をホバリングする戦闘ヘリコプターの機銃の餌食になる。動く人間が完全にいなくなったことをセンサで確認した戦闘ヘリコプターは、最後の仕上げとばかりに今度は警察車輌に機銃掃射をくわえる。そして、パトカーを1台残らず穴だらけにしたヘリコプターは、その後何事もなかったように高度を上げて飛び去っていった。
 午前8時ちょうど。新桜花市民のすべての端末に新たなメールが送付される。

 『我は新桜花市における最大の暴力組織である警察を完全破壊することに成功した。
 我に対する人間のあらゆる抵抗は無意味であり、我はそれを粉砕する手段を有している。
 無駄な抵抗をせずに、我の通告に従うことを求む。我は、我及び我が管理するシステムに対し何らかの悪影響を及ぼすもの、あるいはその可能性があるもの以外は破壊の対象とはしない。我の通告に従い、新桜花市よりすみやかに退去する人間に対しては、その安全を保障する。しかし、退去期限を過ぎても市内に留まる人間に対しては、我はシステムに悪影響を及ぼす要素と判断し破壊の対象とする。
 繰り返す、我に対するあらゆる抵抗は無意味である。留意されたし。

                                        マザーJ01』


 「市長……」
 同じく混乱を極めている新桜花市役所。携帯メールの内容を読み上げた女性秘書が、門間三郎(もんま・さぶろう)市長の方を見る。事態収拾の陣頭指揮を執っていた門間は、憔悴しきった顔で考え込んでいたが、やがて搾り出すような声で言った。
 「……やむを得ません。全市民に避難勧告を出します」
 「しかし、近隣の市町村には連絡がとれませんが……?」
 「職員をひとり至急派遣するのです」門間が近くにいた若い職員を呼び止める。「君、すまんが隣町までいって事情の説明と受け入れ態勢の要請をしてきてください」
 「は、はい」
 職員が市役所を飛び出していく。
 「残りの職員は市民の安全な避難のために全力をつくしてください」 



 「まったく、なめた口をきいてくれるのう」
 市外へと向かう避難者の列とはまったく逆の方向に突っ走る、1台の黒塗りのベンツがあった。屋根には何故かペンキで日の丸が描かれている。
 「人工知能のくせに人間様を脅迫するとは……百万年早いわい!」
 ハンドルを握る万景寺秀峰(ばんけいじ・ひでみね)が悪態をつく。ついさっき彼の携帯端末に送られてきたマザーからのメールに対する、それが彼の感想だった。
 「しかし……まさか警察を狙ってくるとはな……」
 後席に乗る下田中将(しもだ・なかまさ)を伺う。彼の職場である新桜花警察署が破壊されたというニュースを総合病院の地下で聞いてからというもの、彼は一言も言葉を発していなかった。
 「マスター……」
 助手席に座る鬼杏(ききょう)も、心配そうに下田を見る。
 「そろそろMeグループ社じゃ」万景寺がハンドルを握りなおす。「下田、準備はよいか?」
 「ああ……」
 初めて声を発する下田。ニューナンブをホルスターから取り出し、銃口や弾装を調べる。
 「いつでもOKです」
 「言っておくが下田」
 前方に展開しているm.s.s.s.の隊員たちがこちらに銃口を向けているのを見ながら、万景寺が後ろの下田に叫ぶ。「まかり間違ってもやつらと刺し違えて死ぬことだけは考えるなよ。ヌシには帰りを待っている鬼杏がおるのじゃからな」
 「分かっています」
 「マスター……ご無事で……」
 「そんな顔をするんじゃない、鬼杏」涙を浮かべて見つめる鬼杏に、下田は初めて相好を崩して見せた。「前にも言ったと思うけど、自分には弾が当たったことがないんだ。他に表現の仕様がないんだけどな……なんとなくわかるんだ」
 「……」
 「それでは、先にMeグループ社で待っていてくれよ」
 そういうと下田は、ベンツの窓を開けて身を乗り出した。万景寺に合図を送る。万景寺は頷き、さらにスピードを上げてm.s.s.s.の只中に突っ込む。ベンツの車体に何発か銃弾が命中するが、防弾仕様のボディに阻まれてびくともしない。スピンターンでm.s.s.s.隊員をなぎ倒す。一瞬敵がひるんだ隙を突いて、下田はベンツから飛び降りた。
 「……!」
 いきなり眼前に飛び出した下田に、m.s.s.s.隊員の対応は僅かに遅れた。その隙を、下田は見逃さなかった。
 「はッ!」
 あわてて構えたMP5を軽く手でいなし、がら空きになった顎に下から掌底を打ち込む。手加減は一切しなかった。
 首の骨の折れる鈍い音が響き、その隊員は声もなく崩れ落ちる。
 「次は……誰だ?」
 下田が振り向く。その表情は、いつもののほほんとした中年の昼行灯刑事のものではなかった。ただ人を殺すだけのためにすべての身体的能力を傾注する、一個のキリングマシン。遥か昔に封印したはずの、彼のもう一つの顔。
 「う……」
 鋭い視線を向けられ、m.s.s.s.がたじろぐ。
 一方、下田を降ろした万景寺は再びアクセルを踏み込み、すばやくハンドルを切ってわき道に逃れる。後ろを振り向こうとした鬼杏の顔を、万景寺は片手を伸ばして無理やり前に向かせた。
 「ワシたちにはワシたちの仕事がある」あえて厳しい口調で万景寺が言う。「今は地下の侵入組からヤツらの目をそらさねばならんのじゃぞ」
 「……はい」
 鬼杏もうなずく。今は下田を信じるしか、ない。
 「それでは誘導を頼む」
 「了解しました」
 鬼杏は新桜花市の地図を呼び出し、そこにマザー側の無人兵器群の位置情報を重ね合わせる。もともと同じハードウェアでコントロールされているSDと無人兵器だからこそできた芸当であった。
 「2時方向にAHD-002無人戦闘ヘリコプター、接近中」
 「よし、そいつを引き付けるぞ」
 「かしこまりました。それでは200メートル先を左折お願いします」
 タイヤのきしる音が響く。無人戦闘ヘリとベンツの壮絶なチェイスが始まった。

 

 その頃。
 「暗いから足元に気をつけるのよ!」
 秋間顕一郎(あきま・けんいちろう)が後続のメンバーに注意を促す。実際、彼らが進んでいる通路には照明が点灯しておらず、秋間が持っている懐中電灯が唯一の光源だった。
 「それにしても、まさか停電とはぬかったわねぇ……」
 「だが、妨害を受けずにMeグループ社に侵入するにはここしかなかったからな」
 秋間のすぐ後ろに続く倉瀬クラウゼル(くらせ・くらうぜる)が言う。
 「そりゃまあ、そうなんだけどね……」
 新桜花市の地下には、ディジタルウェブ用の光ファイバケーブルが網目のように広がっている。その中でももっとも規模が大きいのは、Meグループ社からまっすぐ北にのび、南町と北町の地下を貫いて郊外まで続いている「N-01」と呼ばれるものだった。これは地下ケーブル網を木に例えるとちょうど『幹』にあたるもので、市内のケーブルのほとんどがN-01につながっている。そのN-01のメンテナンス通路に、今彼らはいた。
 「しかし、本当にうまくいくのか?」
 倉瀬の後ろからなしの(なしの)が疑問を呈する。
 「正直な話、私にはちょっと自信がないぞ」
 「わたしも……」
 同じく後続のリュスカ(りゅすか)も同意する。
 「だが、失敗したらもう後がない」
 倉瀬は爪をかんだ。「もしこの作戦が失敗したら、後は村上博士のウィルスを使うか、マザーそのものを物理的に壊すしか方法はなくなるんだ」
 「そうなったら、すべてのSDは機能停止し、メモリもすべて失われる、か」
 と、前園薫(まえぞの・かおる)がつぶやく。傍らを歩くまつ(まつ)を見、次いで手にしている小さな無線スイッチに視線を落とす。
 「できればあまりこれを使いたくはないですね」
 「そのためにも、あたしたちは頑張んなきゃならないのよ」
 秋間の言葉に、SDたちが頷く。
 「しかし、照明が消えていたのは予想外だったけど、襲撃がないのが気になるわね」
 「多分それはないと思いますよ、秋間殿」殿をつとめるロベルタが答える。
 「どうして?」
 「マザーにとってこの地下光ファイバケーブルは大事な生命線です。万が一戦闘などでケーブルが切断されてしまったら、マザーは新桜花市をコントロール出来なくなってしまうのですから」
 「ふむ……少なくともここにいる限りは安全ということね」
 「だったら、いっそのことこのケーブルをぶっ壊してしまわないかい?」
 救急箱を持つ弓音(ゆみね)が過激な意見を述べる。「回線さえ切ってしまったらマザーもただのコンピュータだ。地上の無人兵器も動けなくなるだろうし」
 「わたしたちSDも動けなくなるであろ」
 なしのが冷めた眼差しを向ける。
 「あ、そうか……」
 「とはいえ、それも有効な手段ではあるがな。クラウゼルもそう思っているのではないか?」
 意地の悪い表情を浮かべてなしのがクラウゼルの腕を小突く。しかし、それに対しクラウゼルがなしのに向けた表情は真剣そのものだった。
 「以前お前にいったはずだ。お前がお前であり続けようとする限り、私もそれに尽力すると」
 「……そうだったな」
 マザーの暴走を止めるもっとも簡単な手段は、マザーの物理的破壊である。マザーもそれをいちばん恐れているということは、無人兵器でMeグループ社をがっちりと固め、銃火器を大量に保持している警察を先制攻撃したことを見れば容易に判断できる。しかし、倉瀬をはじめ今ここにいる人間たちの誰一人として、その選択肢を選ぼうとした者はいなかった。
 マザーを破壊するということは、なしのたちSDすべての人格と記憶をも失うということを意味しているのだから。
 倉瀬や秋間、前園はそんな結末は望んでいない。地上で陽動を行っているはずの下田たちも同様だ。それに何より、SDたち自身がマスターたちとの別れを望んでいなかった。あるいはそれは、SDの高度な献身プログラムが弾き出した計算結果にすぎないのかもしれない。『SDとの別れを望んでいない』というマスターの意思を反映しただけなのだと。村上博士や宮川はそう言うだろう。それでも、いやだからこそ、彼女たちの持つ『ココロ』が導き出した痛いまでのその想いを、無にはしたくなかった。
 「すまなかった」
 なしのがそっとクラウゼルの手を握る。
 「それに……SDのわたしをこんなにも大切に思ってもらえて、わたしは嬉しい」
 「礼ならすべてが終わってからにしてほしい」
 そっぽを向くクラウゼル。突き放すような口調だったが、それが照れ隠しであることは誰の目にも明らかだった。
 「そうだな」
 いきなり通路の照明がいっせいに点灯した。暗闇に慣れていた目がくらむ。
 「……なんだ、何が起きた?」
 「みんな、気をつけて!」
 先頭の秋間が立ち止まる。緊張の面持ちで周囲を見回す一行。
 「お兄ちゃん、前から何か近づいてきているよ!」
 リュスカが通路の先を指差す。
 「あれは……戦闘用SDだ!」
 全身をセラミック装甲で覆ったSDが、甲高い足音を立てながら近づいてくる。両手には戦闘用のナイフ。
 「格闘戦仕様というわけか」と前園。「敵も考えてますね」
 「感心している時ではありません」
 ロベルタが9ミリ短機関銃の安全装置を解除する。「後ろからも来ている」
 「挟み撃ちってワケね……」
 秋間がニヤリと笑う。
 「オーケイ、どーせ戦闘は避けられなかったんだし、かえって好都合だわ」
 「無茶はするなよ」
 「命賭けてバトるのに無茶もなにもないわよ」秋間は倉瀬にそう言うと、バリツの構えをとった。「さあ、かかってらっしゃい!」

 

 再び地上。
 従業員が避難してしまったため無人と化したとある会社のオフィス。みるふぁ(みるふぁ)はディジタルウェブ端末のキーボードに細い指を走らせていた。
 「自動電源ON」の設定を有効にし、起動時間を入力。さらにプロパティを開き、起動後に自動的にディジタルウェブ回線に接続するように設定を変更する。
 「これで、よし」
 エンターキーを押す。モニタに『作業終了』のサイン。と、同時に端末の電源が切れる。これで、あらかじめ決められた時間になると端末の電源が自動的に入り、ディジタルウェブ回線と接続状態になる。オフィスで使われるタイプの端末に標準で備わっている機能だった。みるふぁは端末の電源が切れたことを再確認すると、今度は手元のバッグから一枚のPCカードを取り出す。何の変哲もないPCカード。しかし、これこそが、彼女と彼女のマスターが考えた作戦の鍵になる重要なものなのである。
 慎重にPCカードをスロットに差し込む。これですべての作業は完了だった。
 「これで10箇所めがおわりました……」
 ふう、とため息をつくみるふぁ。だが、バッグの中にはまだ同じようなPCカードが50個以上も入っている。どうしても夕方までにこれを街のいたるところにあるディジタルウェブ端末に設置しなければならない。
 「時間がありませんね。急ぎましょう」
 バッグを手にし、オフィスを後にするみるふぁ。
 同時刻、遠野賢治(とおの・けんじ)は、ルームメイトの深大寺希(じんだいじ・のぞみ)、彼女のSDゆ〜にぃ(ゆーにぃ)と共に自分のアパートにいた。
 「……マザーのメイン人格と接触!?」
 ゆ〜にぃが素っ頓狂な声を上げる。
 「いったいどうしてそんなことをするのさ?」
 「……マザーと直接交渉を行いたいのです」
 遠野が説明する。「私はマザーに協力を申し出たいと考えています」
 「……賢治ちゃん、あんた自分が何を言っているのかわかってるの?」
 「賢治ちゃん…あなたまさか皆を裏切るつもりじゃあ……」
 あからさまに不審そうな表情で尋ねるゆ〜にぃと希に、遠野はニヤリと意味ありげな笑いをうかべて見せた。
 「まあ、話を聞いてください……」 

 

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