※注 今回の『新桜花劇場(仮)』には、色々なメディアのパロディー要素が詰まっております。そのような作風に嫌悪感を抱かれる方はなるべく読み飛ばすことをお勧めいたします。

 

 一面真っ白なゲレンデを、ワインレッドのスキーウェアをまとった秋間が見事なシュプールを描いて降りてくる。やがて、ロッジの前まで降りてきた彼は、ゴーグルを額にあげると、爽快感あふれる表情で言った。
 「スキーはいいねぇ…リリンがつくりたもうたウィンタースポーツの極み……おごっ!」
 いきなり後頭部に雪球がヒット、秋間は無様に倒れこむ。
 「もう、お兄ちゃん!」
 雪球を投げつけたのはリュスカであった。「のっけからそんなこと口にするから、上のような注意書きを書かなきゃいけなくなる破目になるんだよ!」
 「だからって……」
 こぶの出来た頭を押さえながら抗議する秋間。
 「だからって、雪球の中に氷の塊を入れるのはやめなさいよっ。死んだらどうすんのよっ!」
 「ふーんだ、それくらいしないとお兄ちゃんを止めることなんてできないでしょ」
 「……アンタねぇ……」
 「自業自得ですよーだ!」
 リュスカはベーと舌を出して見せると、それ以上の秋間の抗議を聞き流し、スノーボードを抱えてリフトの方に向かって歩いていった。

 今回、一行は新桜花スキー場に遊びに来ている。なんで一行が揃って遊んでいるのだとか、本編ではまだ真夏の真っ盛りなのに、こちらでは冬なんだという些細な疑問は、番外編という事でこの際はご容赦を願いたい。
 「……それにしても随分と雰囲気が違うようじゃのう」
 「たまにはマスターも破目をはずしたいんじゃないの?」
 身も蓋もないことは発言しないように。
 とにかく、一行はスキー場に遊びに来ているのである。
 明るいうちは思い思いのファッションでスキーやスノボを楽しんでいた一行は、やがて夕方になると今回の宿泊先であるペンション『シュプール』に戻ってきた。
 「…なぜ私がこんなことをしなければならんのだ…」
 「どうしたのだご主人、何をぶつぶつ言っている?」
 不満顔で文句を呟くペンションのオーナー・村上に気づいたなしのが、不思議そうな目で尋ねる。村上はあわてて表情を取り繕うと、なしのに向かってにこやかに頭を下げた。
 「これは王女殿下、お帰りなさいませ」
 「ご主人、今のわたしは銀河帝国の第一王女ではない。ただの地球人としてここに遊びにきているのだ。間違えないでもらいたい」
 「これは申し訳ございません…」
 青い髪に装飾の入ったサークレットを付け、腰に謎の銃を下げておきながらただの地球人もないもんだ―と思いつつも再び頭を下げた村上は、ふとなしのの傍らにいる少女に気づいた。頭にネコミミのカチューシャをつけ、首には鈴のついたチョーカーをつけている。
 「……そちらはなしの様のお連れの方で?」
 「ああ」なしのは少女の頭に手をやり、「これはわたしの飼い猫でクラウゼルという」
 「…猫、ですか?」どうみても猫娘のコスプレをした人間の女性にしか見えないが。
 「猫だ」
 しかし、なしのの口調と表情には微塵のゆるぎもなかった。
 「……左様ですか……」
 「そうだ。では行くぞ、クラウゼル」
 「にゃあ」
 妙に棒読みの返事を返したネコミミ娘、ではなく猫を引き連れて、なしのは建物の中に入ってゆく。その後姿を見送った村上は、半ばあきれ返ったような口調で呟いた。
 「……銀河帝国というのは変なところだ……」


 一方、ペンションの食堂では、やる気のなさそうな中年男が、やる気のなさそうな表情で企画書を読んでいた。
 「はーあ、なんで自分がこんな取材を……」
 企画書の冒頭には、『前人未到の深山に雪男を見た!!』という、いかにも胡散臭げなタイトルが記されている。野門流柔術の機関紙『季刊MO』の特集記事の企画であった。なんでも、50年前に雪深い山に修行に入ったきり行方不明になっていた野門流の拳士が、厳しい自然環境に順応するために自らの身体を雪男に進化させることで生き延びていたのをMO取材班が発見したという内容で、一応野門流の師範代である彼・下田はこのイロモノ記事の取材を命じられ、助手の鬼杏、そして『季刊MO』の編集員であり、下田の監視役をも兼ねる澤井愛と共にここ新桜花スキー場を訪れていたのだ。
 「だのに、鬼杏と澤井女史は『スキーだ!』と言い出して遊びに行ってしまうし……まったく、やってられんぜ」
 「こら!」
 愚痴る下田の頭を、ゲレンデから戻ってきたらしい澤井がぽかりと小突く。
 「何をサボっているの。雪男役をやってくれる人を見つけておいてって言ったでしょう?」
 「雪男役って……でっちあげ記事にする気なのか?」
 「しょうがないじゃない、読者もみんな分かっていることなんだから」
 本当に身も蓋もない。
 「まったく、こんなことはあす○あき○あたりにやらせればいいんだよ……」
 「とにかく」
 澤井は下田の眼前に人差し指を突きつけた。
 「雪男役を見つけて写真を取らなきゃ私たちは帰られないんだから、誰でもいいから早く見つけておいて頂戴」
 それだけ言うと、澤井はすたすたと歩き出した。
 「おい、どこに行くんだ?」
 「温泉よ。ひとっ風呂浴びてくるわ」
 「これだかんよ……」


 澤井が向かったのは露天風呂だった。ここはペンション『シュプール』の名物でもある。
 「―名物なのは分かるが、何故風呂のシーンなんだ?」
 「これだけ女性キャストが揃っているのですから、お風呂のシーンを出すのはお約束なのだというマスターの意向とのことですよ」
 首をひねる弓音に、みるふぁが答えた。
 「いや、それはそうかも知れないけど、これって文章だけだろ。絵がないのに何が楽しいんだ?……」
 「そうですよねぇ……」
 「そうか、絵がないんだよねー……」
 二人の会話を聞いていたゆ〜にぃが、いきなり湯船で立ち上がった。
 「じゃあ、こんな風に仁王立ちしても全然見えないんだねっ!」
 「……およしになったほうがいいと思いますわ、ゆ〜にぃちゃん」
 「あたしたちには丸見えだぜ」
 「あ、あはは〜、そうだよね……」
 すごすごと再び湯船に身体を沈めるゆ〜にぃ。
 「ところで、希ちゃんはどうしました?」
 「それがどこにもいないのよねー……」
 頭の後ろで手を組みながら、ゆ〜にぃが答える。「せっかく一緒に温泉に入ろうと思っていたのに、どこにいったんだろ?」
 そこに、タオルを身体に巻いた澤井が入ってきた。
 「皆さん、楽しそうですね」
 「―つーか、第1話で死んだあんたがなんでここにいるんだよ?」
 怪訝な表情で弓音が聞くと、身体を流していた澤井は振り返った。
 「中国4000年の秘術で実は死んでいなかったことにされたのよ」
 「はあ?」
 「あるいは謎の宝珠の力で復活したことにしようかしら?」
 ほとんどジャ○プのノリである。
 「まったく、無茶苦茶だなー……」
 「まあ、細かいことは言いっこなし」
 湯船に入った澤井がにっこり微笑む。
 「これが地球の湯殿か」
 「にゃあ」
 次に入ってきたのはなしのとクラウゼルだった。宇宙にある人工空間で生涯の大半を過ごしてきた彼女にとって、惑星の地表から湧き出る湯につかるという行為はたいそう興味深い。
 やはり洗い場で身体を流すなしのとクラウゼルに、澤井が声をかけた。
 「そういえば、あなたの名前まで聞いていなかったわとね?」
 それを聞いたなしのは、まるで戦争に勝ったかのような誇らしげな表情をすると、胸をそらして答えた。
 「なしのと呼ぶがいい!」
 (ああ、わたしはこの台詞を言いたかったのだ……)
 「……はあ、そですか」
 あまりに意表をついたリアクションに目を点にしている弓音たちを尻目に、感動に胸を震わせるなしの。
 「……にゃあ」
 それを見ていたクラウゼルは、ついていけないとばかりに小さなため息をついた。


 時計は進み―
 「ご飯の用意が出来ましたので食堂に集合してくださーい」
 「ほーい」
 宿泊客が三々五々食堂に集まってくる。
 テーブルに皿を並べて食事の準備をしているのは、村上の双子の娘だった。アスカとロベルタ。普段は東京の大学に通っているが、冬休みには里帰りをして家の手伝いをしているのだという。
 「さ、お好きな席にお着きください」
 「……」
 にこやかな表情でお客を迎える姉のアスカに対し、妹のロベルタは無表情で皿を並べ続ける。ちなみに姉は和装にエプロンドレス、妹は典型的なメイド服だ。
 「この双子のメイドの組み合わせって、どう考えてもアレですよね」
 「ええ……」
 アンバーやジェダイドという単語が頭の中をよぎる遠野とみるふぁの横で、ゆ〜にぃが「希ちゃん、どこに消えたのかなぁ…」と不安げな表情で呟いている。なしのとクラウゼルはすでに席についており、しばらくして伊吹と相馬が並んで食堂に入ってきた。
 「よい風呂でしたね、まどか」
 「ええ…」
 伊吹たちが着いた席の隣では、鬼杏がぐでんぐでんに酔っ払っていた。
 「ひっく、どりあんを割ったのはどーせわたくしなんですよーだ、です…」
 「おい、鬼杏……」
 心配そうに下田が声をかける。
 「大丈夫か?」
 「マスター……マスターはわたくしのような鬼っ娘メイドに萌えてくださいますか?」
 「おい…しっかりしろよ」
 「うっ…やっぱりわたくしには萌えて下さいませんのですね。どーせマスターの萌えメイドは普段から眼帯しているショートヘアの格闘メイドとか、赤髪で髪の毛がもうひとつの手になっているポンコツメイドさんとかなんでしょう!」
 「前者はともかく後者は主催者の趣味だろう……って、と、とにかく部屋に戻ろう、な」
 訳のわからないことを言いながらついに泣き出した鬼杏を、下田が部屋に連れてゆく。それとすれ違いに食堂に入ってきた弓音が、マスターの万景寺がいないことに気づいて「はて何やってるんだあのジジイは」と首を傾げる。
 やがてしばらくして、万景寺が食堂にくると、弓音はぷうと頬を膨らませて腕を引っ張った。
 「もう、何してたんだよぅ」
 「すまんすまん、ちょっと長風呂していたのじゃ」
 頭をかきながら弁解する万景寺。その後に鬼杏を部屋に寝かしつけてきた下田がやれやれと食堂に戻ってくる。
 「ありゃ、そういえば澤井女史がいないぞ……」
 「あー、なんでも急用が出来たとかで少し遅れるってよ」
 さっきまで一緒に温泉に浸かっていた弓音が下田に答える。
 「まったく、何をやっているんだか…」
 下田があきれて顔をしかめた、その時―
 「いやああああああっ!」
 建物のどこかで、女性の悲鳴が上がった。
 「な、なんだ?」
 「2階の方から聞こえたぞ」
 2階は宿泊客用の寝室が並んでいる。ただならぬ雰囲気に即座に反応した下田を先頭に、全員が食堂を飛び出し、2階に駆け上がる。
 廊下の片側に並んでいるドアのうち、ひとつが開いたままになっており、その前にリュスカが呆然とした表情で座り込んでいた。下田が駆け寄ると、リュスカは、青ざめた表情で部屋の中を指差す。
 「なっ……」
 リュスカの指差す先を見た一行は言葉を失った。そこには、秋間の死体が横たわっていたのだ。


 「ふふふ」
 状況を確認した遠野は、自信に満ちた笑みを浮かべながら前に進み出た。
 「どうやら私の出番がきたようですね……」
 「遠野様…」
 「どれ、さっそく死体を検分してみましょう…」
 遠野は秋間の死体の傍にしゃがみこむ。
 「ふむ―死因はこのネクタイにより首を絞められたことによる窒息死ですな―しかも死後ほとんど時間が経っていないようだ―このネクタイは―なるほど、ご本人のですか―でも、首を絞められた割には恍惚とした表情をしてますね―おや、おやこれは―背中や腕に何かで叩いたような後が―ふむ、これは火傷のあとですね。この部屋には火の気はないようですが、何故火傷を負ったのでしょうかね―おっと、これは興味深い、実に興味深いですよ」
 「ホームズの真似はいいから、何を見つけたんだ?」
 「これです」
 遠野は秋間の手元の床を指差した。フローリングの床に、力任せに『S』という文字が彫り込まれている。
 「……こいつ、指でこの文字を彫りこんだのか?」
 「バカ力ですねぇ……」
 「これはダイイングメッセージですね」立ち上がった遠野が考え込む。「おそらく犯人を暗示していると思われますが……」
 「それは、Sのイニシャルの人物ということか?」なしのが尋ねる。
 「その可能性は十分ありえます」
 「いま、このペンションの中で、苗字か名前のイニシャルがSの方は…」と、みるふぁ。「下田様、澤井様、相馬様の3人ですか……」
 遠野の眼鏡の奥で、瞳が光った。
 「なるほど、ではその3人に事情を聞きましょうか」


 「まずは下田さん」
 遠野はいった。「貴方は先ほど、酔った鬼杏さんを連れて部屋に戻りましたね」
 「ああ」
 「その時、なにか異変に気づきませんでしたか?」
 「……いや、特には」下田は首を振る。「たしかこの部屋のドアは閉まっていたと思うし、特に悲鳴など聞かなかったと思う」
 「なるほど」うなずく遠野。「その時貴方と一緒にいたのは、鬼杏さんだけですね?」
 「そうなるな」
 「でも、その時鬼杏さんは泥酔していた―」遠野は口の端を軽く吊り上げる。「つまり、貴方の当時のアリバイを立証することはできないのですよ」
 「なるほど」しかし、下田は動揺を見せなかった。「たしかにアリバイの立証はできないな。しかし、自分が犯人だとしてその動機はなんだ。それを示してくれなければおいそれと自分を犯人と決め付けられても困るぞ」
 「さすがは警察官ですね」
 ふふっと笑い、今度は相馬の方に目を向ける。
 「それでは相馬さん、貴方は今から一時間前まで、何をしていましたか?」
 「……まどかと一緒に温泉にいました」
 「ほう、ですが温泉は男湯と女湯に分かれていますね……」
 「だから」相馬は言いにくそうに、「みんなとは時間をずらして入っていたのですよ、二人で」
 「……それって」「つまり一緒に入っていたということかな?」
 「ええ」
 それを聞いていたなしのは、真剣な眼差しでクラウゼルに問いかけた。
 「なあクラウゼル、この星では男と女が同じ湯殿に入るという習慣が一般的なのか?」
 「にゃあ」
 クラウゼルはそっぽを向く。
 「ふむ」なしのは顎に手をやって考え込む。「われらの間では『郷に入りては郷に従え』という言葉もある。もしその様な習慣があるのならば、わたしも従わねばならぬな……」
 「なぬっ!!」
 なしのの言葉に男どもがいっせいに反応する。
 「そ、それならワシが同伴させていただこうかのう」「まてまて、ここは自分が一緒に…」「いえいえ私が……」
 目の色を変えてなしのに詰め寄る男3人。その背後に弓音、伊吹、みるふぁがそれぞれ不穏な表情を浮かべてゆらりと立ち上がる。
 「えっちなのは!」
 「いけないと!」
 「思いますわ!!」
 それぞれ、金属バット、木槌、信楽焼きの狸を男どもの頭部に振り落とす3人。男どもは床に転がり悶絶する。それを尻目に、クラウゼルは秋間の死体に近寄ると周辺を仔細に調べ始めた。
 「……」
 秋間のすぐ横、床に敷かれているカーペットに丸い小さな焦げ跡がある。そこに何か付着しているのに気づいたクラウゼルは、それを指で引っかき出した。
 「……にゃあ」
 次いで部屋に放り出されたままの秋間のバッグに目をやる。ふたの開いたままのそれから顔を覗かせているものを見ると、それはサーバントドロイドの運用マニュアルだった。
 「にゃあ……」
 「と、ともかく」
 ようやく立ち直った遠野が咳払いをする。「下田さんはアリバイはないですが動機もない。相馬さんは伊吹さんと混浴していたというアリバイがとりあえずはある……ということですね」
 「……」
 その言葉を耳にしたクラウゼルが考え込む。
 「残るは澤井さんということになるのですが……どこにいってしまったのでしょう?」
 「うーむ……」
 一同考え込む。と、そこへ慌てた様子のアスカが飛び込んできた。
 「大変です、澤井さんが……!!」


 アスカに連れられて浴場の女湯に向かう一行は、そこで凄惨な光景を目の当たりにした。
 「澤井……女史……」
 湯船に左腕を突っ込む形で、澤井が事切れている。湯船の湯は真っ赤に染まり、すぐ近くには剃刀が転がっている。
 「……自殺?」
 湯船を赤く染めているのは、澤井の左手首の傷から流れ出している血によるものだった。声もなく見つめている一行の中で、万景寺は鼻を鳴らした。
 「おおかた、秋間を殺してしまった罪に耐えかねての自殺じゃろう」
 「そんな……まさか」
 「まさかもなにも、そうとしか考えられんじゃろう」と万景寺。「澤井は弓音たちと風呂から出た後、ひとりで秋間の部屋を訪問した。その理由は分からんがな。で、二人はこの部屋で争い、嬢ちゃんははずみで秋間を殺してしまった。逃げようとしても外は猛吹雪。観念したのじゃろう。そこでここにやってきて、自分の手首を切って自殺した……そう考えるのが自然じゃないかね?」
 「……確かに……」
 一同は頷く。ただ一匹、クラウゼルだけがどこか納得のいかないという表情をしていた。
 「まあ、ともかく真犯人も分かったことじゃし、あとは警察にまかせようではないかね?」
 「そうですね……」
 一同、女湯をぞろぞろと出てゆく。ロビーを抜け、食堂に向かう道すがら、なしのはクラウゼルの姿が見えないことに気が付いた。
 「……あの者はどこにいったのだ?」
 その頃クラウゼルは、一匹で2階に上がり、鬼杏が寝かされている部屋を訪れていた。
 「まあ」
 ベッドで半身を起こしていた鬼杏は、クラウゼルの姿を見て破顔した。
 「かわいい猫ですね―こっちにおいで」
 しかし、クラウゼルはそれを無視するとナイトテーブルの上においてあったハンディワーカム―おそらく澤井の私物―に近寄った。それをしばし凝視し、キーボードに指を滑らせる。
 「あらあら、おいたはいけませんよ」
 慌てて止めようとした鬼杏は、液晶パネルに浮かび上がる文字を見て思わず動きを止めた。驚きに目を見張る。
 「―あなた、これを書いたの?」
 「にゃあ」
 数分後、鬼杏の寝室を抜け出たクラウゼルは、次に万景寺の寝室に忍び込んだ。
 「……にゃあ」
 彼の荷物を漁る。着替えや洗面用具に混じって、かばんの底の方から封筒に入れられたひと束の書類が見つかった。英語で書かれているそれに目を通す。
 「にゃあ……」
 クラウゼルの表情に確信に満ちた表情が浮かぶ。荷物を丁寧に元に戻し、何事もなかったかのように部屋を出て一行がいる食堂に向かう。
 「どこにいっていたのだ?」
 クラウゼルの姿を見かけたなしのが詰め寄る。「勝手に動き回らぬがよい」
 「にゃあ」
 「あ…鬼杏!?」
 下田が声を上げる。食堂に入ってきたのは、2階の寝室で休んでいた鬼杏だった。
 「もう起きて大丈夫なのか?」
 「ええ、それより……」鬼杏はクラウゼルの方に一瞬だけ目配せをする。「皆さんにお伝えしなければならないことがございます」
 「伝えなければならないって……何をだ?」
 「……この事件の真犯人です」


 「バカな」下田が笑う。「犯人は自殺した澤井女史と分かったんだ。そんなことをする人とは思わなかったが」
 「いいえ、あれは自殺に見せかけた殺人です」
 意外な鬼杏の言葉に、その場にいる皆が注目する。
 「澤井様は、わたくしたちと一緒にお風呂を出まして、このロビーを通って一旦自分たちの泊まる寝室に向かいました」
 「ああ、そうだね」と弓音。「でも、澤井はここで急に『用があるから』っていったんだ」
 「その通りです」鬼杏が頷く。「その時、澤井様はそこの影で携帯電話で話していた人物に気が付き、その人物の話を聞くためにわたくしたちと分かれたのです」
 「そういえば、たしかに居た」なしのが首を傾げる。「でも、わたしは特に気にも留めなかったぞ。話している内容もよくわからなかったし」
 「それもそのはずです。何しろその人物は日本語ではなく英語でお話されていたのですから」
 鬼杏は言った。おそらく、英語が堪能な澤井のみ、話してる内容の全部、あるいは一部分が分かったのだろう。
 「しかし、それが澤井の死といったいなにが関係するというのです?」
 相馬が疑問を呈する。
 「多分、話の内容が彼女にとって聞き捨てならないものではなかったかと思われます」鬼杏が答える。「あるいは特ダネか―いずれにしても澤井様は電話の会話のことについてかの人物に問いただし、逆に殺されたのではないでしょうか」
 「……ふぅむ」下田が唸る。「でも、その携帯人物で話していた人物とは誰だ。アリバイは全員あるはずだが」
 「いいえ」
 鬼杏がかぶりを振る。「ひとりだけアリバイのない方がいらっしゃいます」
 「誰だ?」
 鬼杏はくすっと笑うと、万景寺のほうを向いた。
 「万景寺様、あなたは確か食堂に遅れておいでになられましたね?」
 「…ああ、それが?」
 「何故遅れたのですか?」
 「それは……弓音にも話したが長風呂してしまって……」
 「もちろん、男湯の方に、ですね」
 「あたりまえじゃ」
 それを聞いた伊吹が声を上げる。
 「え―でも男湯には私と相馬が……」
 「そうです」と鬼杏が頷く。「その時、女湯にはわたくしたちがいて、男湯には相馬様と伊吹様がおられたのです。わざわざ、誰もいないところを見計らって混浴していた二人が、です」
 「……」
 「つまり、万景寺様が長風呂で遅れたというのは真っ赤な偽りなのです、違いますか?」
 「しゅーほー……」
 弓音がつぶやく。
 「まさかあんた……」
 「バカな言いがかりはよすのじゃ!」怒ったように言い返す万景寺。「大体、なぜワシが嬢ちゃんを殺さねばならん?」
 「それは……」
 「にゃあ」
 クラウゼルが一枚の紙切れを持ってくる。遠野がそれに目を通した。
 「……英語で書かれてますね……」
 「私めが読みましょう」
 大学では英文科を専攻しているロベルタが名乗り出る。遠野から受け取った紙切れに目をおとしたロベルタは、書かれている内容を読み進めていくうちに、そのあまりに衝撃的な内容に思わず目を見張った。
 「これ……弓音さんに関する報告書だ……」
 「なんだって?」
 「おっと全員動くなよ」
 万景寺が拳銃を構えて皆を牽制した。
 「あんた……産業スパイなのか?」
 「その通りだよ、弓音」
 万景寺―の姿を借りたスパイはにやりと笑った。「某国のライバル企業からの依頼でね、Meグループ社の最新の商品であるサーバントドロイドを調査していたのさ」
 「しゅーほーはどこにいるんだ!?」
 「万景寺という人物はもはやこの世の人ではない。数年前にアメリカを放浪中に亡くなって、そのまま身元不明ということで墓地に埋葬された」
 「……」
 「私は万景寺秀峰という人物になりすましてこの国にやってきたのだ。そしてMeグループ社のSDモニタに応募し、弓音、お前と出会ったのだよ」
 SDを初めとするロボット技術がもっとも発展しているのは、言うまでもなく日本である。アメリカは自律行動できるロボットの開発には成功したものの、人工筋肉などのハードウェア部分の小型化が進まず、作られるのは筋骨隆々のがたいのでかい男ばかりである。
 「あいるびーばっく」
 「余計なつっこみはおよしなさい、まどか」
 また、ヨーロッパでは自律型ロボットの開発よりむしろ人間の身体の一部を機械化するいわゆるサイボーグ技術に力が入れられている。義手や義足、人工内臓など医療分野においてかなりの成果を挙げているが、一部の技術は腹部内蔵機関砲など軍用にも生かされている。
 「わがドイツのォ技術力はァ世界一ィィッ」
 「遠野様……そのような無粋なつっこみは……」
 一方、アジアで日本に次いでロボット技術が発達しているのは中国だが、ハードウェアの小型化には成功したものの、外見はジュラルミンとチタンの骨格がむき出しのままである。動きもSDほど滑らかではない。噂では香港において『マリア』というコードネームの女性型ロボットが作られたらしいが、これも真偽のほどは定かではない。
 「○行者かよ……」
 そんなわけで、小型かつ人間に動きも外見もそっくりな自律ロボットを開発できたのは日本だけなのである。マル○を作りたいという技術者たちの執念が成し遂げた結果であろう。
 「いや、普通は鉄腕アト○であろ、そのような場合は」
 かくして、世界中のロボット企業がSDの技術を欲しがっているのである。彼もおそらくはそんな他国の企業から派遣されてきたのだろう。
 「澤井とかいう女は私の電話での会話を盗み聞きして、問いただしてきたのだよ。まあ、脅迫というより正義感からきた行動だったんだろうな」
 スパイはそういって目を伏せる。「余計な事に首を突っ込まなければ、死なずにすんだものを……」
 「だが、もう逃げることはできないぞ」
 油断なく構えた下田が言う。
 「それはどうかな?」
 スパイはにやりと笑うと、いきなり弓音に向かって発砲した。悲鳴を上げて倒れる弓音。一瞬できた隙を突いて、スパイは窓に向かってダッシュ、窓を突き破り外に飛び出す。
 「うわっ……」
 雪混じりの風が食堂に吹き込む。なしのは舌打ちし、窓に駆け寄ると腰の光線銃を抜いた。
 外は暗闇でよく見えない。なしのは目を閉じた。
 吹きすさぶ風の音の中、かすかに積雪をラッセルする音と荒い息が聞こえる。
 「そこぉ!!」
 引き金を引き絞る。青い光条がほとばしる。続いてもう一発。
 「……やりましたか?」
 「わからない」隣にやってきた遠野に、なしのは答えた。「でも手ごたえはあった。少なくとも手傷は負わせたであろ」
 「この吹雪だ。傷をおって逃げおおせるとは思えないな…」
 「ああ……」
 下田の言葉に、皆がうなずいた。


 下田の予見どおり、翌日、スパイはペンションから5キロ離れた森の中で死体で発見された。
 なしのが放った光線銃はスパイの右足を貫いていた。彼は負傷した足を引きずってここまで逃げてきたのだが、ついにここで力尽きたらしい。
 「と、いうことは死因は出血多量か?」
 「いや……」下田に問われた鑑識は首をかしげた。「直接の死因は脳挫傷だ。なにかこう、頭部を手のひらみたいなもので横殴りにされている。首の骨も折れていたし、相当な力がかかったんだろうがなぁ……」
 「……まさかな……」
 MOの企画書を思い出した下田は、思わず身震いした。


 「なるほど、あのダイイングメッセージは『しゅーほー』のSだったのですね」
 遠野が納得したようにうなずく。
 「これで秋間さんの死に関する謎がとけました」
 「あ、でもそれは……」
 なにか言いかけた鬼杏は、しかし唇に手を当てたクラウゼルに睨まれて沈黙した。
 あの時、鬼杏が披露した推理はクラウゼルが事前に教えたものである。今回猫役で「にゃあ」以外の言葉が喋られないクラウゼルが自分の代役を彼女につとめてもらったのだ。
 そして、クラウゼルの推理によれば、秋間はの死因は、ナイトライフサポート型SDのリュスカにインストールされていた『SM女王様モード』を誤って作動させてしまい、強烈なSMプレイの後にショック死してしまったのではないか、というものだった。ただ、モード変更の際に記憶がリセットされてしまうのか、リュスカ自身にはその時の記憶がなく、それが混乱に拍車をかけた結果になったのである。
 いずれにしても、これをリュスカに伝えるのはあまりに酷である。大好きなお兄ちゃんを死に至らしめたのが実は自分だったと分かったら……。絶望のあまり後追い自殺をもしかねない。
 だから、鬼杏にはこのことを話させなかったのである。


 最後に。
 この事件の間、希はどこにいたのかというと―
 「……屋根裏部屋で眠りこけていたってさ」
 「てへへ」
 ちゃんちゃん。

 

《次回のお題》
 さて、第4回『新桜花劇場(仮)』のお題は…

 学園もの!

 ということで。アニメやコミックで良くある登場人物が全員高校の生徒や先生という番外編のノリです。3月だから卒業にまつわるエピソードということにしましょう。卒業生、在校生、教師、どんな役回りでもOKです。みなさんの素敵なリアクションをお待ちしております。

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リアクションTOPへ



















































「……おい、いつの間にこんな写真撮られていたんだよ!?」
「ま、まさかお風呂に入っているところを盗撮されるとは…」
「まったく、油断も隙もないな……」
「にゃあ」
「えっちなのは」
「いけないと存じますですわ〜」