ACT.2 村上竜三

 「掃除が終わったぞ」
 研究室の扉から顔を出したなしのが、達成感に満ち溢れた表情でそう告げた。廊下で待たされていいかげんうんざりしていた村上は、やれやれと扉を開けて―部屋の中の様子の変貌振りに度肝を抜かれた。
 「こ、これは……」
 「すごい……」
 後から入ってきた倉瀬や秋間も感嘆の声を上げる。長期間に渡り掃除はおろか整頓すらされておらず、幽霊屋敷かゴミ屋敷と見まごうばかりであった研究室が見事なまでに綺麗になっていたのである。床一面に散らばるというより積もっていた書類や本の類はすべて本棚に納められ、床のタイルは磨きこまれて新品同様の輝きを見せている。壁や天井も同様で、部屋の隅には書類の山に埋もれていたらしい応接用のソファがきちんと並べられている。簡易キッチンも清潔になり、どこにあったのか人数分のティーカップとティーポットが用意されていた。宮川たちを含めると人数は最初のときより倍以上になっているのだが、それでも全員が部屋に入ってくつろげるだけの余裕があった。
 「なんで部屋が広くなるのよ?」
 「うーん、なんでだろうねお兄ちゃん」
 秋間の問いに苦笑するリュスカ。
 やがて、SDたちの手で紅茶が入れられる。集められた一行は、めいめいソファに座ったり壁にもたれたり、あるいは隣の部屋から折りたたみ椅子を持ってきたりとそれぞれの定位置を確保すると、申し合わせたかのように村上のほうに視線を向けた。
 「……さて、どこから話したらよいかな?」
 リュスカから紅茶を受け取った村上が、全員を見回してそう尋ねる。ソファに座って久しぶりになしのが淹れてくれた、『間違って塩を入れてしまった』紅茶を口にしていた倉瀬が、ティーカップを皿に戻すと口を開いた。
 「それではまず博士に尋ねたいのだが……」
 「ちょっと待ってもらえないか?」
 ちょっと貧相な感じの中年男が、会話に割り込む。下田中将(しもだ・なかまさ)だ。
 「何かね?」
 「あなたと話をするのはいいが、ここにSDたちを同席させてよかったのか?」
 紅茶を淹れるまつ(まつ)の姿を横目に見ながら、下田が尋ねる。「宮川さんたちの隠れ家が相手に知れたのは、あそこで不用意にもまつさんの電源を入れてしまったからだ。つまりSDたちの見ること聞くことは、すべて相手につつぬけになっているんじゃないのか?」
 それは、倉瀬も考えていたことだった。ゆえに彼女は何かと理由をつけてなしのを身の回りから遠ざけ、単独での捜査を行っていたのだが。
 「…君はどうしてそう思うのかね?」
 逆に村上にそう問われ、下田は言葉に詰まった。
 「それは……」
 傍らのSD鬼杏(ききょう)を見やる。SDが敵の情報収集ツールになっているという確信を下田が得たのは、電源を入れられたまつが、「敵が自分のことをサーチしている、自分の電源が入れられたことでここの場所が相手に知られてしまった」と血相を変えて説明したからなのだが、それより前から、彼はディジタルウェブシステムとそれに繋がる機器類がひょっとしたら敵の監視装置の役割を果たしているのではないかと考えていた。知人であり、またこの場にも居合わせている万景寺秀峰(ばんけいじ・ひでみね)と会ったとき、わざわざ筆談で言葉を交わしたのも病院設置の監視カメラやナースドロイドたちに悟られないようにするためであった。そして―
 「なるほど、わたくしを万景寺様の所に預けられたのは、わたくし自身をマスターから遠ざけるためでございましたのですね…」
 「……そうだ」
 鬼杏の言葉に、下田が苦しそうに答える。
 実際のところは、まつと彼女のマスターである前園薫(まえぞの・かおる)に送られた手紙の中に「他のSDに知られないように」との注意が書かれてあり、手紙の主を信用させるためにも鬼杏を同行させるわけにはいかなかったのだ。しかし、下田はそれを説明しようとはしなかった。どんな理由があれ、パートナーである鬼杏を騙したのは変わりなかったのだから。
 「すまない、鬼杏」
 「……素直な態度ではありませんね」
 ふっと、穏やかな笑みを浮かべる鬼杏。彼女は下田のそのような不器用な性格をむろん知っている。彼が村上の問いに言葉が詰まらせたのは、その答えが鬼杏を傷つけてしまうかもしれないと思ったからに違いない。
 「でも、今更そんなこと望むべくもないのかもしれません」
 鬼杏は人間に奉仕するために生産された機械だ。傷つくもなにも、そもそもそのような心を持っていない。彼女を動かすのは精緻な理論。『マスターの言うことには絶対に従う』という前提条件で組み上げられた無数のコンピュータプログラムが彼女の本質なのだ。
 「だから……」
 でも、マスターがそんな自分にまるで本物の心があるように接してくれる―そのことが、鬼杏にとってとても嬉しいことであった。本来であれば、SDにその様な感情の動きは必要ない。ただひたすらマスターの指示に従い、奉仕し、役立つことを考えればよい。嬉しくてやっているのではない。報酬を得ているのでもない。それが彼女たちSDの存在意義なのだ。マスターに人間の様に接されてはかえって迷惑だし、以前の鬼杏ならそのように答えただろう。「わたくしは機械だから、そんなことは気にしないでほしい」と。だが、今の鬼杏はそうではなかった。
 それゆえ、鬼杏は黙って下田の前に歩み寄ると、右手を大きく振り上げて思いっきり頬をひっぱたいた。
 「今回はこれで勘弁して差し上げます」
 「……すまない」
 左の頬に見事な手形をつけた下田が、再び頭を下げる。村上はそんな二人のやり取りを興味深そうに眺めていた。
 「ところで、SD同席の件はどうなったのだ?」
 その村上に倉瀬が声をかける。村上はひとつ咳払いをすると、あらためて倉瀬と下田のほうに向き直った。
 「ああ、そうだったな。まず最初に白状しておかねばならないのだが、南町の地下研究室で、宮川君がまつの電源を入れたのは実は私の指示だったのだ」
 「……それは敵に情報が筒抜けになると知ってのことなのか?」
 「そうだ」
 うなずく村上に、地下研究室に居合わせてm.s.s.s.の襲撃を受けた下田たちと、その襲撃の言わばとばっちりを食った形のなしのがいきり立つ。それらを制して、さらに倉瀬が問いかけた。
 「それは、何か考えがあってのことなのではないか、博士?」
 「当然だ。私たちは、敵がディジタルウェブ回線を通じて情報を得ていることを知っていた。それゆえに宮川君たちにも電子マネーの使用を固く禁じ、そこの前園君へコンタクトを取ったときもわざわざ肉筆の手紙などという回りくどい手段をとったのだ。ワーカムで打ち出したりメールで送ったりしたら手紙の内容は筒抜けになってしまうからな」
 言われて、前園はポケットの中に突っ込んでいた例の手紙を取り出した。それを仔細に調べた倉瀬は納得したようにうなずいた。
 「なるほど、澤井愛も記事を書くときにはワーカムやウェブ端末を使わないようにしていたというからな…」
 「そうだ」と村上。
 「だが、今回は違ったのだな……」
 そう呟いてしばし口を閉じていた倉瀬は、村上のほうに視線をむけると再び問いかけた。「博士、私は思うのだが、いま博士たちが相手をしている敵というのは、ひょっとしたらディジタルウェブで情報を集めているのではなく、ディジタルウェブでしか情報を得ることが出来ない存在、なのではないか?」
 それを聞いた村上の目が光る。
 「ほう、どうしてそう思う?」
 「まずひとつ。例のホテル爆破の事件だ。あの現場には私も偶然居合わせたが、あれはガス爆発などではなくミサイルかなにかによる攻撃だった」
 「……ワシと弓音(ゆみね)もそれは見ておる」と、万景寺。隣の弓音も同意するように頷く。
 「それに、澤井愛が殺されたことを調査するために私はチェリーブロッサム社に協力を依頼したが、すげなく断られてしまった。編集長は具体的なことは話さなかったが、どうやらどこからか圧力がかかったらしいことを匂わせていた」
 「それで?」
 「警察に偽りの発表をさせ、報道機関を問答無用で黙らせることの出来る個人、あるいは組織―そんなことは出来るのはこの街ではただひとつだけしかない」
 「Meグループ社、か……」下田がうめくように呟く。
 「そうだ」と倉瀬。「私も当然そう思った。だが疑問も残った。これは後で知ったのだが、Meグループ社にはこのような事を専門的に処理するチームが存在する―そうだったな?」
 「マイクロエレクトロニクス・スペシャル・セキュリティ・サービス」倉瀬の視線を受け、なしのが答える。「略してm.m.m.s」
 「それだ。だが、Meグループ社は博士の捜索をm.m.m.s.ではなくこの私に依頼してきた。はじめは疑問にも思わなかったが、今にして思えばはずいぶんおかしな話だ。社外に知られたくない事を調査するのに自前のチームを使わず、社外の人間である私に依頼するなど……」
 「それはそうだが、そのことが何故君の考えと結びつくのかね?」
 「……私は、なぜその依頼が私のところにきたのか、その理由を考えたのだ」
 倉瀬の探偵としての評価が高いから、というのも考えられた。しかし、先の疑問からそれだけの理由で社外の、しかもMeグループ社とはなんの関係も無い自分を使うとは考えにくい。Meグループ社は、たとえ倉瀬が事の真相を掴んでしまったとしても、それが外部に流出することはない―そう考えていたとするほうがよっぽど自然だ。ではその考えの根拠は?
 倉瀬のことを常に監視できて、もし不穏な行動を起こしたら即座に『処理』できるから。
 「それって、まさか……」
 なしのの顔が青ざめる。
 「そうだ」倉瀬はうなずいた。「おそらく、Meグループ社はなしのを利用して私を監視し、いざとなったら彼女を使って私を消すつもりでいたのだろう。今ならそう推理することができる」
 「そんな、わたしはそんなプログラムはされていない!」
 なしのが必死に訴えかける。「わたしは人間に、クラウゼルに奉仕するために造られたのだ。監視するためにノーススター探偵事務所にやってきたのではない!!」
 倉瀬はしかし、穏やかな表情をなしのに向けた。
 「それはわかっている。おそらくおまえの意思というか思考プログラムというか、とにかくおまえ自身には知らされてなかったのだろう」
 あるいはそのように振る舞うようにプログラミングされていた可能性もあったが、あえてそれを口に出すことはしなかった。ここで不用意になしのを傷つける必要もないし、下手をすれば人間とSDの間に深刻な相互不信を生み出す恐れもある。今はそれだけは避けたい。
 「理由のその2は澤井愛の死だ。彼女は殺される直前に、仕事仲間からMeグループ社の取材内容をまとめたレポートを受け取っている。そのレポートは、ワーカムを使って書かれMOに落とされて渡されたらしい。今まで手書きにこだわっていた澤井が、仕事仲間がその取材内容をワーカム、すなわちコンピュータでまとめた直後に殺されているのだ」
 「なるほど……」
 「なしののいる私の探偵事務所を指定しての極秘依頼、澤井愛の死、私を殺そうとやってきた軍用SDとなしのを襲った無人攻撃ヘリコプター……これらの事件はいずれもディジタルウェブシステムとなんらかの接点がある、あるいは接点が生まれて初めておこった事。では、そのディジタルウェブを管理し、思うが侭にコントロールできるのは……」
 倉瀬は、村上の顔を見据えた。
 「博士、いや私たちが相手にしているのは、Meグループ社のハイパーバイオコンピュータ『マザー』ではないのか?」 
 倉瀬の言葉に、村上はしばらくの間黙り込んだ。倉瀬たち部屋に呼ばれた一同は、人間とSDを含めて、無言で村上の様子を見守っている。
 やがて、村上が口を開いた。
 「……そうだ。私たちが今戦っている相手は、Meグループ社のハイパーバイオコンピュータ『マザーJ01』だ」
 一同に衝撃が走る。中でもいちばん驚いたのは、なしのを初めとするSDたちだった。
 「そ、それじゃあ、あたしたちはしゅーほーや他の人間たちの敵だというのかい!?」
 弓音が村上に詰め寄る。「冗談じゃない! あたしたちYSVD-003サーバントドロイド、人間たちにご奉仕するためにあんたに造られたんだよ。そうじゃなかったのかい!?」
 「そうです」鬼杏もうなずく。「わたくしのプログラムに、人間と敵対せよという項目は入っておりません」
 他のSDも次々に否定の言葉を口にする。中にはリュスカのように泣き出すSDまでいた。大好きなお兄ちゃんと敵対するなど、彼女にとって例え想像するのも悲しいことなのに違いない。その想いは、程度の差こそあれSD全員が同じであった。
 しばらくSDたちの言葉を聴いていた村上は、やがて一同を手で制すると、ゆっくりと立ち上がった。そして、優しい顔でSDたちの顔を見回すと、最後にSDたちのマスターである人間たちのほうに向き直った。
 「よろしい、君たちにすべてを話そう」
 「……」
 「そして、すべてを話を聞いた上で、君たち自身がどうするのかを決めてくれ」
 「……博士は、どうするのかを決めているのか?」
 倉瀬の言葉に、村上は鋭い視線を投げ返した。
 「ああ、私たちは、人間として、マザーに宣戦布告をする」

 

 「まず私が知りたいのは」
 質問のトップを切ったのは、倉瀬であった。
 「博士の活動目的と、Meグループ社、ひいてはマザーの目的だ」
 「私の活動目的はすでに話したかと思うがね」
 「失礼だが、まだ博士を全面的に信頼することが出来ない」
 倉瀬の表情は厳しい。「澤井愛の取材によれば、博士はSDの軍事利用を提唱していたそうだが?」
 「そうだ」村上がうなずく。「それがなにか?」
 「軍事利用の件に関しては、博士がやらずともいずれ誰かがやったことだろうから、とやかく言うつもりは無い。しかし、そのような提案を出来るほどのステイタスを持っていた博士が、それを捨てて反Me活動をしはじめたのか、その経緯が分からない」
 「そうだな……もっともな意見だ」
 村上はそう言うと、白衣の胸ポケットからタバコの箱を取り出した。一本取り出し、口にくわえてライターを探す。
 「……と、ライターはどこにやった?」
 「すべて処分したぞ」なしのがすました顔で告げる。「壁や天井についたタバコのヤニは、取るのが大変だからな」
 「それに、身体にも悪いもんね」
 リュスカがそう付け加え、なしのと顔を見合わせてにっと笑う。恨めしそうに二人の様子を見ていた村上は、タバコを吸うのをあきらめて再び話し始めた。
 「まず、倉瀬君の言うとおりSDの軍事利用を支社長に提案したのは私だ。だが、それは予算獲得のためのパフォーマンスだったのだ」
 超巨大多国籍企業であるMeグループ社には、一般的に無尽蔵の富があるという評価がされるのが常だ。しかし、むろんそんなものは企業イメージからくる幻覚にすぎない。実際はMeグループ社もいち私企業であり、、モノを売って利益をあげなければ倒産してしまうのだ。
 その様な観点からすれば、いかに最先端技術の粋を集めた高性能のSDとて、売れなければ商品としての意味がないのである。そして、前例の無いまったく新しい分野の商品開発の常で、SDの商品としての価値には必ずといっていいほど懐疑的な意見が付きまとっていた。
 「そこで私は、開発予算を確保するために、SD開発の過程で生まれた新技術が、他の分野にも応用できる事を社の上層部に納得させる必要があったのだ」
 村上が例としてあげた応用例としては、海洋の資源探査、宇宙開発、災害地や原子炉など危険地域で活動する無人機などがあった。SDの軍事利用というのは、それら応用例の一つでしかなく、むしろ村上は、SDそのものが軍用兵器として採用される可能性は極めて薄いと感じていた。
 「ところが、Meグループ社の上層部、より正確に言えば社の運営の一端を任されている『マザー』が、SDの軍事利用という私の提案を採用の価値ありと認めたのだよ」
 「マザーが?」
 「うむ。当時の私はSD開発予算の増額が認められたことを単純に喜んでいたのだがね。やがて試作中のSDの一体を軍用に改造するように指示がきたときも私は一片の疑問もなく従った。むしろ戦場という極限の環境での使用にもSDは耐えうるということを証明したかったのだろうな」
 「科学者の業というやつかのぅ」万景寺が苦々しく呟く。「しかしSDの軍用化とはな……」
 「万景寺さん、あなたの言いたいことは分かる」と村上。「確かに私のやったことは、『死の商人』の片棒を担いだことになるのかもしれない。個人的にも戦争なんてのは反対だ。しかし、Meグループ社における軍事技術の開発・生産が一方では多くの人間に職を与えているというのも事実だよ」
 「それはそうかもしれん。じゃが、ヌシの開発した軍用SDに肉親や友人を殺された人間は、そうは思わんじゃろうな」
 そう反論する万景寺の視線は、ロベルタの方を向いていた。彼女は無言で村上の話を聞いているが、心中は決して穏やかではないだろう。万景寺にしてもそうだ。新兵器を開発した科学者のうち、何人がその新兵器の効果を身をもって知っているのだろうか。殺されるのは常に前線の兵士なのであって、彼らではない。
 「アグジェリアに投入された軍用SDのことを言っているのかね?」しかし、村上は意外そうな表情で答えた。「言っておくが、あれは私が造ったのではないぞ」
 「なに?」
 「実は、その後に起こったある事件が私に疑いを持たせることとなったのだ」
 その事件は軍用SDの試験の最中に起こった。その日に行われたのは、マザー領域に設置されたテスト用のプログラムでSDを実際に起動し、通信システムなどの不具合を調査するというものだった。実験自体はごく簡単なもので、事実、軍用以外のSDではそれまでも頻繁に実行されているものだった。
 軍用SDのテストランは成功した。懸念された無線通信の暗号強化による機動のタイムラグも許容値に収まり、試験は無事終了するかに思えた。
 だが、悲劇はそこで起こった。
 試験終了直後、電源を落とされたはずの軍用SDが突如再起動、研究施設を破壊しはじめたのだ。最悪だったのが、これまた実用試験中だった格闘用ヒートカッターがすでに実装備されていたことだった。戦車の装甲をも貫くそれを振り回す軍用SDを村上たちは取り押さえることが出来ず、緊急停止用の非常コマンドもなんらかの原因で受け付けなかった。結局軍用SDは施設内の各種機器や製造中のSDに多大な被害を及ぼし、逃げ遅れた研究員の一人に瀕死の重傷を負わたところで内蔵バッテリーの消耗で停止したのだった。
 「その後、設置された事故調査委員会は、マザーの見解である『ヒューマンエラー』を鵜呑みにし、今後軍用SDの開発を私たち技術開発部から軍事開発部にすべて移管することを決定したのだ」
 「では、病院で私を襲った渡邊というSDは……」
 「軍事開発部製の軍用SDだ」倉瀬の言葉に村上はうなずいた。「私はヒートカッターなどというマンガじみた武器を装備させて部下たちに白い目で見られたものだが、あっちではより実用的なものを仕上げたらしいね」
 「だが、それがなぜ博士の疑いに結びついたのだ?」
 「後で私たちが独自で調べたところ、あの暴走はどうもOSの欠陥が原因だったらしいのだが、それを指摘するはずの開発コンピュータがなぜかOSに欠陥はなしと判定していたのだ。そしてこれも後で知ったのだが、軍用SD計画の軍事開発部移管を強く主張したのは他ならぬマザー自身だったのだよ」
 「……どういうことだ?」
 下田が首を傾げる。
 「自分にはさっぱり話が見えてこないが、それは―」
 「それは、軍用SDの暴走事故が、マザーが開発コンピュータを利用して故意にOSの欠陥を見落とさせ、事故を起こすことで軍用SD開発を博士たちから取り上げる大義名分を得るために仕組んだものだというのか?」
 「さすがはマザーが目をつけた探偵だけのことはある」
 倉瀬の推理に村上はニヤリと笑った。
 「その通りだと私は思う。おそらくOSの欠陥というのもマザーがひそかにソフトを改ざんしていたに違いない。開発コンピュータもOSの入っている領域も元はすべてマザーの一部分だ。その気になれば何でも出来るだろう」
 「でも、それは軍事開発部が軍用SD開発欲しさに仕組んだものとも考えられんかのう。マザーの仕業と決め付けるのは早計過ぎやせんかね?」
 万景寺の意見に、しかし村上は首を横に振った。
 「……軍事開発部はMeグループ社でももっともコンピュータ化の進んだ部署だ。新兵器開発の提案から設計、それに伴う新技術の開発や予算の配分まですべてがコンピュータによって行われている」
 むしろ軍事開発部は、コンピュータを主力とした開発部署といっていいだろう。それは見方を変えれば、マザーがいちばん管理しやすい部署であり、またマザーの意思がもっとも反映されている部署とも言える。
 「そして、その軍事開発部が今進めているのが、自律型無人兵器群の開発だ。軍事開発部の連中に言わせれば、人間という脆弱なものが組み込まれると、戦車や戦闘機など戦闘システムが本来の能力を発揮する邪魔になるというんだが……」
 村上は腕組みをした。確かに戦闘下の状況において、人間の身体はいかにも脆い卵のようなものだし、恐怖心や疲労、苦痛などによる判断力や反射神経の低下が戦闘の際に足枷になるというのもうなずける。だから操縦する人間を必要としない兵器を開発しているのだというのが軍事開発部の見解だ。
 「なるほど、一理ある話ではあるな」
 「だが、これは何も軍事部門だけに当てはまる話ではないのだ」
 納得する倉瀬にさらに説明を続ける村上。「考えてみなさい。新桜花市は、都市インフラの大部分が無人化されつつある。電気・ガス・水道の供給はもちろんのこと、路面電車も完全無人化されている」
 「それだけではありません」と続いて宮川。「サクラモールも商品在庫の管理や店舗の清掃などかなりの部分で無人化が図られています。中には接客業務にまでSDを利用するところまで出始めている」
 「……街の運営そのものに、人間が不要になってきている、というのか?」
 「軍事開発部の開発コンピュータは、より高性能かつ効率的な兵器システムを作ることを命じられて活動している。その行き着いた結果が、人間のいらない兵器『無人兵器』の開発だった」
 静かに答える村上の表情は真剣そのものだった。
 「マザーが与えられている命題は、『Meグループ社の発展』と『新桜花市の維持・管理』だ。おそらくマザーは、その命題をクリアするためのシミュレーションを繰り返すうちに、この街における人間の地位を最低ランクと位置づけたのではないのだろうか―私はそう考えているのだ」

 

 「……なるほど、マザーは自分たち人間を新桜花市には不必要なものと判断したわけなんだな」
 村上の言葉に、下田はやや自嘲気味に呟いた。「ずいぶんとなめられたものだ」
 「しかし、いくらなんでもそこまでマザーの横暴を許すものかのう?」
 万景寺が考えこむ。
 「博士の言うとおりじゃとしても、それを上層部の人間がみすみす見逃すということはあるまい」
 「ドクターのいう通りだ」と倉瀬。「いくらマザーが優秀だからといっても、Meグループ社上層部がそれを盲信しているとは思えないな。Meグループ社には何か別の目的があるのではないか?」
 「Meグループ社自体はただの企業だ」
 村上が答える。「その目的はもちろん利潤の追求にある。しかし、いくらなんでもやり過ぎの感はあるのも事実だ」
 「では、別に目的があると?」
 「そこまでは分からないが、なぜマザーの横暴が見逃されているかという点に関してはあるひとつの推測が出来る」
 「拝聴しよう」
 「おそらく、内部に手引きしている人間がいるのだと思う。その人物がどういう理由でそんな真似をしているのかは分からないが、それが誰なのかは大体の見当がついている―と、いうよりこのような大それたことが出来る立場にいるのは、日本支社には一人しかいない」
 「ミーシャ葛原(みーしゃ・くずはら)か……」
 「そうだ」
 村上はうなずく。ミーシャ葛原。Meグループ社日本支社の社長である。事実上の新桜花市の支配者でもある葛原社長がマザーの行為を故意に見逃しているというのなら、マザーの行き過ぎた暴走も納得できる話ではある。
 「確信は無いが、おそらくはそうだろう。だから私は姿をくらまして地下に潜り、坂井院長や宮川君、澤井君たちと共に葛原社長とマザーの暴走を止めようと活動を続けていたわけだ」
 その時、机の上の内線電話が着信を告げた。自ら受話器を取った村上は、電話の内容を聞いて受話器を置くと、なしのの方に笑みを浮かべて見せた。
 「もえからの連絡だ。君の友人のアスカ君が意識を取り戻したぞ」
 「本当か!」
 「ああ。意識ははっきりしているらしい」
 「そうか、よかった……」
 安堵の表情を浮かべるなしの。それを見ていた倉瀬が、ふと疑問を抱いた。
 「博士、あのもえという女性は軍用SDなのか?」
 「違う」
 村上は否定した。「さっき軍用SDの暴走で研究員の一人が重傷を負ったという話はしたね。実はその研究員の身体はひき肉寸前といった感じまで引き裂かれていて、正直息をしているのが不思議なくらいだったのだ」
 そこで村上と彼の部下たちは、搬送された新桜花総合病院の坂井院長の協力を得て、破損した身体の大部分をSDのコンポーネントと入れ替える手術を行った。12時間近く掛かった大手術はなんとか成功し、あの世に半分足を突っ込みかけていた研究員・岩崎もえは、半分SDの身体を持つサイボーグ・もえとして蘇ったのである。
 「まあ、方法がこれしかなかったとはいえ、まさかこんな治療法を公するわけにもいかないから、もえには表向き死亡したことになっているがね」
 「……でも、軍用としての機能を備えられていたぞ」
 「あれはもえが望んだことだ」やや苦しそうに村上。「例の暴走事件のあと廃棄処分になっていた軍用SDのメインコンポーネントをひそかに持ち出し、自分の身体に移植するように彼女自身が希望したのだよ」
 「どうだかな……」
 倉瀬の瞳はあくまで懐疑的だ。
 「信じる信じないは君の自由だ。いずれにしてももえは私と共に地下に潜り、対マザー活動を始めたわけさ」
 「その対マザー活動についてなんじゃが……」
 万景寺が前に進み出る。
 「最近巷を騒がせておったSD連続破壊事件の犯人はヌシらじゃな? なぜSDを破壊しなければならなかったのじゃ?」
 「ふむ。その点について説明するまえに―」
 村上は言いながら、机の上の時計を見た。午後6時32分。
 「君たちは腹が減っていないかね? 出来れば後の話は飯でも食いながらとしたいのだが」

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