その日、北町にある某居酒屋の二階座敷を借り切って行われたとあるイベントは、参加者たちの心に決して忘れえぬ傷跡を残した…

 

 皆さん、こんばんわ。私、北町で老舗の呉服屋を営む深大寺家のメイド、アスカでございます。今夜は旦那様の指示で、とあるイベントの司会進行を務めさせていただくため、この居酒屋まで足を運びました。
 そのイベントとは、『闇鍋大会』。何でも、商店会に加盟している五月一番亭というお店の一周年を記念してのイベントなのだそうですが…それがなぜ闇鍋なのかはいまいち私にも理解できないでいます。ごく普通に宴会なりパーティなりをなさればよいと思うのですが。
 「メイド心得その1;メイドは、たとえ心の中で思っても、主人の意向に背くようなことを口にしてはいけない、でしょう?」
 …そうでした。たとえ五月一番亭の店主がどんな奇特な趣味をお持ちになっていたとしても、全力でお仕事をこなさなければなりませんね。
 反省反省。
 あ、ちなみに今、私にメイド心得を説いてくださったのは、この闇鍋大会に参加されているサーバントドロイドのひとりです。今回のイベントに招待された方々は、全員がサーバントドロイドとそのマスターなんです。サーバントドロイドってご飯を食べる必要がありませんから、このようなイベントに呼ぶのはちょっと理解に苦しみますけどね。
 それにしても、主催者さんはまだおいでにならないのでしょうか。招待されたお客様は全員お揃いになられて、開会を今か今かと待ちわびているのですが…。
 え、私に電話? はい、アスカでございます。はい、はい、え、今夜は都合により主催者の方が来られない? それではいかがしたら…わ、私が進めるのですか!? はい、はい…かしこまりました。精一杯努めさせていただきます。
 …ふう、どうやら五月一番亭の店主さんは今夜はこれないようです。しかたありません。ここは不肖私が、闇鍋大会の開会の挨拶を…え、余計なことはしなくていいから、はやく始めろ?…わかりました。それではスタートの前に簡単にルールを説明させていただきますね。
 闇鍋大会のルールはたった一つ、『自分の皿によそわれたものは、それが何であろうと必ず全部食べきること』です。まあ、ルール違反のペナルティは特にございませんが、基本的に全員の皿が空になるまで宴は終わりませんので、その点は覚悟しておいてください。
 それでは皆さん、お持ちいただいた食材の準備はよろしいですか。それではこれから部屋の明かりを消しますので、皆さんそれぞれ食材を鍋に投入してください。
 それでは―消します!

 

 5分後―

 

 はーい、明かりをつけますよ。
 ぱちっと。
 …………。
 なんだか、鍋から異様な臭いがするのですが、本当に大丈夫なのでしょうか。
 「大丈夫、今回は私がダシ汁の味付けをしたからな。例えどんな具が入っていても大丈夫だ」
 く、倉瀬さんがダシの準備をされたのですか!?
 「ああ、そうだが。具はともかく、鍋そのものは私が作ってもよかったのだろう?」
 ま、まあ特に誰が作っても問題はありませんが…なしのさん、倉瀬さんに鍋をまかせて本当によかったのですか?
 「クラウゼルがやりたいと言うのなら、わたしに止める理由はない―しかし」
 しかし?
 「気のせいであろか。封印された前世の記憶が、クラウゼルに料理を作らせてはならないとしきりに訴えかけている気がしてならない」
 サーバントドロイドに前世があるとは初耳ですけど…
 「わたしの前世は、占いによればメイドコスプレ好きの同人作家だったらしいぞ」
 はあ、そうですか…と、いけない。さっそく皆さんのお皿によそわせていただきますね―これが、倉瀬さんの分で、これがなしのさんの分です。
 「このオレンジ色の果物は…『柿』だな」
 倉瀬さんのお皿にはいきなりきっついモノが入ってしまいましたね。しょうゆ味で煮崩れるまで煮た柿というのはどんな味がするものなのでしょうか?
 「…甘い…渋柿でないだけ、マシか」
 確かにおっしゃるとおりで…なしのさんのお皿には何が入っていました?
 「ちょっと残念だけど―『手作りのアップルパイ』だ」
 あ、アップルパイ?―でも、ちょっと残念とはどういう意味なのですか?
 「アップルパイと珈琲はクラウゼルの好物なのだ。この皿がクラウゼルのだったらよかったんだけど」
 「…いくらなんでも、アップルパイのしょうゆ煮は食べたくないぞ」
 それにしても、なんで柿なんでしょうね?
 「おおかた、秋の味覚だということで入れたんだろう」
 「意外と、『牡蠣』と間違えて入れたのかもしれないな。牡蠣鍋という料理が人間にはあるのであろ?」
 なしのさんの推理が意外と的中しているような気もしますね。人間社会に出て間もないSDなら、そんな勘違いをしそうですし。
 「…なしのも砂糖と塩を平気で間違えるからな。ありうる」
 「失礼なことを言うでない!―というかそんな恥ずかしいことをチクるでないぞ!」
 SDもやっぱり失敗を暴露されると恥ずかしいものなんですね―さて、今度は遠野さんとみるふぁさんのお皿をご用意いたしますね。
 「私のお皿に入っているのは…『菓子パンの詰め合わせ』ですね」
 どれどれ…アンパン、ジャムパン、クリームパンに…チョココロネと…これはフルーツサンドですか。みるふぁさんのお皿にはバラエティに富んだ具材にあふれていますね。具もそうですが、量もかなりのものですよ、大丈夫ですか?
 「ぱく」
 …あ、ひとくち食べちゃいました。
 美味しいですか?
 「…ええ、まあまあですね」
 顔に無数の縦線が引かれているんですけど。みるふぁさん、無理に笑顔を作らなくてもいいんですよ。まだ先は長いんですし。
 「でも、私はなごみ系のSDでございますから…遠野様の前で笑顔を崩すわけにはまいりません」
 あーあ、見ていられませんです。…ところで遠野さんの具はなんでした?
 「『冷麺』です。ほら、見てください」
 うわ、長い! 1メートルはあるんじゃないんですか?
 「そうですねぇ…どうせ入れるのなら、鋏で切ってもらえればよかったのですが」
 「遠野様」
 「なんですかみるふぁさん、急に改まって」
 「冷麺の麺を鋏で切るなどというのは南の無粋なやりかたなんです。北ではそんなことはいたしません!」
 北って…もしかしてみるふぁさん、最近K社のあの漫画読みました?
 「え、ええ…実は読みました…」
 やっぱり…。

 

 次は、と。
 「おう、ねーちゃん。次はワシのをよそってくれい」
 あ、はあいただいま―って、万景寺さん、ずいぶんと酔ってらっしゃいますね?
 「やはり宴にはこれがないと始まらんからのう」
 ウィスキーにビールですか。ほどほどになさってくださいね―はい、どうぞ、これが万景寺さんのぶんです。
 「こ、これは…『こんにゃく』じゃな」
 しかもスーパーで売っているサイズの角こんをまるまる切らずにです。なんというか…意外にまともな具というか、ずいぶんと無茶な入れ方というか…
 「これじゃ酒のつまみにもならんな」
 「ねえ、しゅーほー、この具なんだろ?」
 弓音さんのお皿に入っているのは…鶏肉のような白っぽい肉ですね。
 「味も鶏肉っぽいんだけどね」
 「どれ、ワシにもひとくち―うむ、これは…」
 これは、なんなんですか?
 「これは、『謎の白いワニの肉』じゃ」
 えーと、ちょっとまってください。『ワニの肉』というだけなら味でわかるのかもしれませんが、どうしてこれが『謎の』『白い』ワニの肉だとわかるのでしょう?
 「うむ、実は昔、水洗トイレに流されたペット用のワニが、下水道の中で成長して人間を襲うという都市伝説があってじゃな…」
 いや、白いワニの生い立ちではなくてですね…
 「なぁるほど、光の差さない下水道で育ったから、色が白いんだね!」
 弓音さんも妙なことで納得しないでくださいよう…
 「そんなわけで、この肉は謎の白いワニの肉というわけじゃ…」
 い、意味がわからないですぅ!
 「さっすがしゅーほー、伊達に歳はくってないねぇ!」
 「おお、褒めろ褒めるのじゃ!」
 …よく見たら、万景寺さんと弓音さんの足元には空になったウィスキーのボトルが何本も転がってます…これはもうふたりとも完全に泥酔なさっているみたいですね…。
 「いやん、アタシってばラッキーだわぁ」
 っと、あら、秋間さん。ずいぶんうれしそうですけど?
 「あ、アスカちゃん。そうなのよ、これを見て!!」
 秋間さんのお皿には…これも肉ですか。
 「そ、『鴨肉のスライス』が入ってるのよ。こんなまともな具を当てるなんて、なんてラッキーなんでしょ!」
 そ、それは本当にラッキーですよ! こんなマトモな具材が入ってるのを見たの、これが初めてです!
 「お兄ちゃぁん…」
 あ、あれ、リュスカさん。泣きそうな顔で―お腹でもこわされました?
 「わたしのお皿にはいっているこれ…なあに…?」
 緑色の丸いものがいくつも浮かんでいますね…私もこんな食べ物は見たことありませんが、秋間さん、分かります?
 「うーん、アタシも見たことないわ」
 ちょっとまってくださいね。私、調べてみますから。えーと、ディジタルウェブの端末を取り出しまして、『Sleipnir』の掲示板にアクセス、と…写真つきでスレッド立ち上げいたします…これでよし、と。
 「『よう!(゚∀゚)クズども、この写真の情報をよこしな!』…て、アンタ、ウェブでは普段とずいぶん違う口調じゃなぁい?」
 そうですか?…あ、さっそく来ましたよ。
 えーとなになに、これは大阪のお菓子で『道頓堀のまりも』というものだそうです。表面は粟おこしに青海苔と抹茶をまぶしたもので、中には塩昆布が入っている―のだそうですよ。
 「お兄ちゃん、この人『あすかたん(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)ハァハァ(;´Д`)ハァハァ』って書き込みしているよ」
 「アスカちゃん…アンタウェブで普段なにしてるの?」
 人の話をきちんと聞いてくださいよ!
 まったく。あ、リュスカさん、食べる前にひとつ注意しておきますけど…
 「あーん、ぱくっ♪」
 え、あちょっとまって…
 「うぐ、ふええ、お兄ちゃん、中に包装用の袋が入っているよぅ…」
 あー…。中の塩昆布は包装されていますから、必ず取り出してから食べてくださいと言おうとしたのですけど…少し遅かったようですね…

 

 さて、これで全員に鍋の具がいきわたりましたね。
 あれ、前園さんにまつさん。顔を見合わせて何を悩んでいらっしゃるのですか?
 「ああ、これを見てもらえる?」
 えーと、前園さんのお皿には『クリスマスケーキ(砂糖菓子の小人とくまさん、チョコの家付)』、まつさんには『白菜(丸ごと)』が入っている…というより乗っかっていますね。
 「このような大きなもの、どうやって食べたらよろしいのでしょう…」
 先のこんにゃくと冷麺といい、まともな具を切らずに入れている人が多いですねー…
 「クリスマスケーキはまともな具じゃないだろうよ?」
 あ、あは、そうでした。失礼いたしました。
 でも、たしかにどちらも量は半端ではありませんよね。これはすこしずつ食べていくしかないのではないでしょうか?
 「でも、そんなことしていたら時間がなくなってしまう。原稿の締め切りも近いし」
 「旦那様のおっしゃるとおりですわ」
 それはそうですが…え、まつさん、箸なんかとりだしていかがされるのですか。
 「御免あそばせ!」
 あ、あ、あ、あーっ!
 白菜一玉を一口で食べてしまいました…
 「さ、旦那様も」
 「お、オレもそうするのか?…んーと、えいっ!」
 前園さんも一口で…。
 いったい、どんな顎の構造をしているのでしょうか…
 ところで、お味のほうはいかがですか?
 「ふほんひへーひひひょうふほはひはひみほんへ、ほへほはひゃいはほのひょのあふぃほあほほへはい…」
 「ふぁんははま、おふひひはふぇふぉのほひへはははひぇおひゃへひふふほは、ひょうふぃははふひふぇふほ!」
 通訳いたしますと、
 『スポンジケーキにしょうゆのダシが染み込んで、とてもじゃないがこの世の味とは思えない』
 『旦那様、お口に食べ物をいれたままでおしゃべりするのは、行儀がわるいですよ!』
 …だったら一口で食べなくてもいいような気がするんですけど…
 「う、うーん」
 「ひゃ、ひゃんはははぁ!!」
 あ、前園さんが倒れた。
 まったく、世話が焼けますねぇ…まつさん、ここは私にお任せください。
 「…ふぁい」
 これはきっとのどにケーキを詰まらせているに違いありませんから…思い切り背中を叩いてやれば…それっ!
 「ごくん!…ああ、苦しかった」
 「ひゃ、ひゃんはははぁ!…あひゅははは、はひはほうふぉはいはふ!」
 まつさんも、早く白菜飲み込んだほうがよろしいですよ。何しゃべっているか全然わかりませんから…
 「前園さんはケーキだったのか…」
 あら、ゆ〜にぃさん。ゆ〜にぃさんのお皿にはなにがよそわれていたのですか?
 「『栗羊羹』…純和風なんだよなー」
 それは…なんと申し上げたらよいか…。
 「まだケーキの方がよかったんだけどねぇ―あーあ」
 …ケーキの方がよかったのですか? SDの味覚はよくわかりませんよ、本当に。
 あ、お久しぶりです希お嬢様。
 「お久しぶり、アスカさん。元気してた?」
 おかげさまで…ところで希お嬢様の具はなんなのです。
 「ボク? ボクの具は『パイナップルの輪切り』だけど」
 パイナップルですか…酢豚に入っているのをよく見かけますので、決して間違ってはいないのかもしれませんが…お味のほう、いかがですか?
 「アスカさんも食べてみる?」
 いえ、遠慮させていただきます。
 「だめ、食べるんだ」
 え、ですが私は…
 「これは深大寺家の者としての命令です。ボクらばっかり犠牲になるのは納得いかないよ!」
 そ、そんなぁ、家出なさっているのにこんな時だけ命令なんて…ちょ、希お嬢様、そんな不気味な笑いを浮かべながら迫らないでくださいよぉ…
 「はい、あーん♪」
 うう、あーん…むぐぐ…
 「どう、美味しい?」
 私、深大寺家のメイドになったことを今始めて後悔いたしました…よよよ。
 「まったく、最近の若い者はチャレンジ精神が足りない」
 わあ、下田さん、いきなりなんですか!?
 ていうか傷だらけなんですけど!?
 「うむ、自分が入れようとした食材をみた鬼杏がひどく怒ってな。それで今まで追いかけられていたのだ」
 そんなにとんでもないモノを入れたのですか?
 「ちゃんと食べられるものをいれたぞ」
 …食べられるものと、鍋の具としてふさわしいモノはまた別なんですけどね…ところで下田さんのお皿にはなにが入っていました?
 「んー、具というかなんというか…『鍋用しょうゆ』が入っていた」
 …どうやって液体のものをよりわけたのでしょう?
 「鍋の具をよそったのはあなただろう?」
 それはそうですが…うーん、どうやったんでしょう? 謎です。
 「マスター!」
 「あ、やば…じゃ、自分はこれで」
 あ、あれ下田さん、どこに行かれるのですか!? 下田さーんっ!!…あらら、行ってしまわれました…
 「はあ、はあ…なんて逃げ足が速いのでしょう…」
 鬼杏さん…大丈夫ですか?
 「ええ。マスターがとんでもない具を入れるのを阻止できなかったのは残念ですが…」
 やっぱりとんでもない具だったのですねぇ…ところで、鬼杏さんの手にしているそれは?
 「ん、ええ、これはわたくしのお皿によそわれていた具ですよ。けっこう大きいでしょう?」
 そうですね、大きいうえに棘棘が生えていて…ってこれは、もしかしてっ!?
 「早速ですから食べてみましょう。まずはさくっと割ってみて…
 わ、鬼杏さん、割っちゃだめです。それは『ドリアン』…
 「きええええええーいっ!」
 ばかっ…… 

 

 「おい、今夜はやけに急患が多いが、なにか事故でもあったのか?」
 深夜の新桜花総合病院。坂井院長は、次々とやってくる救急車を見ながら傍らのナースドロイドに尋ねた。
 「ええ、何でも北町の居酒屋で強烈な異臭が発生したらしくて…」
 「異臭?」
 「はい、よく分かりませんが。宴会の最中に鍋に入れられた具材が原因らしいですよ…」
 「うーむ…」
 ナースドロイドの答えに、坂井は首をひねった。
 「いったい何があったのだろう?」

 

《次回のお題》
 さて、第3回『新桜花劇場(仮)』のお題は…

 冬のレジャーといえばスキー!、というわけで某スキー場に遊びに来た一行。しかし、山の天気は変りやすいもの。一行は突然の猛吹雪にペンションに閉じ込められてしまいます。
 そして、密室の中で起こる殺人事件。殺されたのは誰なのか、そして犯人は誰なのか? 恐怖の一夜が、今始まろうとしています…

 
 …どこかで聞いたことのあるような設定ですが、とりあえず上記のようなシチュエーションで、プレイヤーキャラクターはどのような役柄でどのような行動をするのかをひとことふたこと書いてお送りください。はたして、あなたのキャラクターが演じるのは犯人役?、被害者?、それとも謎を解く名探偵? 皆様の素敵なリアクションをお待ちしております!

 あ、ちなみにこの物語はパラレルです。本編の季節とは時期がずれています(本編はまだ真夏です)。また、新桜花劇場で被害者として亡くなったとしても、本編にはまったく関係いたしませんし、次回にはきちんと生き返ります。ご安心ください。では。

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