ACT.6 邂逅 〜ターニングポイント

 「もしもし、遠野ですけど…ああ、みるふぁさん。いま私は新桜花総合病院の前にいるんですが……え、貴方も病院にいるのですか?……なるほど、ホテル爆破の聞き込みですか。実はそのホテル爆破の真犯人として宮川さんとゆかりさんの名前が上がっているらしくて……ええ、ご実家のほうにも警察が行ってました……さあ、どうでしょう?私は何かの間違いだと信じていますが……ええ、それで希君にそれを伝えようとしたのですが、携帯が繋がらなかったもので……え?、宮川さんもそこにいる?……ゆかりさんも?……これはびっくり。で、希君は……なるほど、外科病棟ですか……は?アスカさんが撃たれたですって!?……はい、はい、分かりました私もいますぐそこに向かいます。では」

 

 手術中の赤ランプが消えると、それを見上げていた下田たちの間に緊張が走った。手術室のドアを開けて出てきた万景寺に、下田が尋ねる。
 「アスカさんは、大丈夫ですか?」
 「ああ、危なかったがなんとか危機は脱したよ」
 手術等のガウンを脱ぎながら万景寺が答える。続いて出てきた弓音が、にっこりと笑ってVサインをして見せた。
 「よかった…」
 下田が安堵のため息をつく。前園はまつの肩を叩き、宮川はゆかりと抱き合った。
 「後はしばらく安静にしておくことじゃ。2週間もすれば立てるようになるじゃろう」
 「そうですか…ありがとうございます!」
 下田が頭を下げる。
 「ゆかり!」
 そこに、鬼杏から話を聞いた希が駆けつけてきた。
 「姉さん…」
 ゆかりの笑顔が凍りつく。
 「なんでここに…?」
 「ずっとゆかりを探してたんだよ!」
 希はそういうとゆかりの肩を両手で掴んだ。「ボクの知り合いが車を用意してる。お父様はボクたちに任せてゆかりと宮川さんはこの街を離れたほうがいいよ!」
 しかし、ゆかりは希の手を無理やり振りほどいた。
 「ゆ、ゆかり!?」
 「何をいきなり言い出すかと思ったら…」
 ゆかりの表情は、さっきとはうって変わって冷たくさめたものになっていた。
 「人に家のことを全部押し付けておいて、今更になって姉さんぶる気?」
 「ぼ、ボクはゆかりのことを心配して…」
 「余計な心配はしないで」
 ゆかりは宮川の胸に抱きつくと、憎悪に満ちた目で希を見返した。
 「あなたに姉さん面されても迷惑なの」
 「なんだか険悪な雰囲気じゃのう」二人の様子を眺めていた万景寺が、下田にささやきかけた。「で、ヌシのいう敵の正体はわかったかの?」
 「ええ…」
 下田は複雑な表情を浮かべた。
 「それは、多分Meグループ社ではないかの」
 万景寺の言葉に、下田は目を見開いた。万景寺はニヤリと笑い、
 「伊達に歳をくっとるわけではないぞ。ヌシがワシに鬼杏を預けたときから、大体察しはついとったわ」
 「そうですね…申し訳ありません」
 「よいよい…それにしても、厄介な相手と喧嘩になったものじゃのぅ…」
 「大丈夫」
 相変わらずの抑揚のない声で、もえが口を挟んできた。
 「私タチニハトッテオキノ切リ札ガアルノダ。多分、ソレデスベテノ決着ハツクダロウ」
 「切り札だ?」
 「ソウダ」
 そういいながらもえは口の端を吊り上げてみせる。それは下田たちに見せた初めての人間らしい表情―笑顔だった。
 そこにひとりのナースドロイドが現れた。
 「院長が皆さんを呼んでおります。私がご案内いたしますのでついて来てください」
 「この方々全員をですね?」
 宮川が尋ね返す。ナースドロイドはうなずき、
 「はい、下田さまと鬼杏さま、前園さまとまつさま、深大寺希さま、それと万景寺先生と弓音さんもお連れするようにとのことでした」
 「…ワシと弓音も?」
 万景寺が意外そうな表情をする。てっきり部外者だとばかり思っていたのだが。
 「はい」
 「アスカさんはどうするのでしょうか?」
 前園が尋ねる。とてもじゃないが、彼女は今は動かせる状態ではない。
 「集中治療室に入れます。一応もえさんが護衛として付きますので心配はございません」
 「ふうむ…」
 万景寺は弓音の方を向くと、肩をすくめて見せた。
 「こりゃあ、なにやらひと悶着ありそうだのう」
 「しゅーほー、なんか楽しそう…」

 

 「え、院長が私たちをですか?」
 ゆ〜にぃ、みるふぁと合流した遠野は、外科病棟に向かう途中の廊下でナースドロイドに呼び止められていた。なんでも院長が自分たちを探しているらしい。
 「はい、希さまや宮川さまもおいでになっています」
 希、という言葉を聞いた瞬間、ゆ〜にぃの身体がこわばるのを、みるふぁは感じた。みるふぁは、その緊張を解きほぐすかのように、そしてゆ〜にぃを勇気づけるようにそっと彼女に寄り添い、手を握る。
 「ゆ〜にぃちゃん、大丈夫ですよ」
 「うん…」
 「うー、なんだかごちゃごちゃしてますねぇ…」
 しかし遠野は、めまぐるしく変化する状況に頭がついていけず、そんな二人の様子に気づいているような余裕はなかった。
 「と、とにかく案内をお願いしますよ」
 「では、こちらへ」

 

 「マイクロエレクトロニクス・スペシャル・セキュリティ・サービス?」
 地下へと降りるエレベータの中、倉瀬はなしのに聞き返した。
 「なんだそれは」
 「わたしにも分からない」なしのが首を傾げる。「ただ、南町でそいつらに襲われた時に、わたしのメモリに勝手にその単語がダウンロードされてきたのだ」
 「ふうむ…分からんな」
 倉瀬が考え込む。
 「それは…m.s.s.s.のことか?」
 坂井が口を挟んできた。「だとしたら、私が知っているぞ」
 「なんなのよそれ?」
 秋間が聞く。
 「Meグループ社の特殊渉外課…いうなれば汚れ仕事専門の連中だ。表沙汰に出来ないような非合法な仕事を一手に引き受けている」
 坂井はそう言って腕を組んだ。「まあ、Meグループ社が雇っている傭兵部隊と思ってもらえれば間違いはない」
 「その連中、戦闘ヘリまで用意していたぞ」
 「そうか…やはりな」
 なしのの言葉に、坂井はひとり納得していた。「澤井くんの情報はやはり正しかったのか」
 「ちょっと、おっさん。ひとりで納得してないでアタシたちにもちゃんと説明しなさいよ。まずはその澤井って誰なのよ?」
 「おっさんって…きみ…」
 「週間チェリーブロッサムの記者だ―つい先日北町で何者かに殺された」
 おっさん呼ばわりされて憤慨している坂井に代わって、秋間の問いに答えたのはなしのだった。その後を倉瀬が引き継ぐ。
 「私はさる依頼の関係で澤井愛の周辺を調べていて、その末にここにたどり着いたのだ…しかし、やはり彼女はあなたたちの仲間だったのだな、坂井院長」
 言われて、坂井はうなずいた。
 「そう、澤井くんは私たちの同志としてMeグループ社の保有する戦力を調査していたのだ…最近、無人戦闘ヘリがひそかに運び込まれたらしいという情報を掴んで、私たちも警戒していたのだが…」
 「ホテルを攻撃したのも、そのヘリだな」
 「おそらく」
 「でも、それに私や相馬がどのように関係するのかが分かりませんわ」と伊吹。
 「そうではないのです」相馬が伊吹の肩を後ろからそっと抱く。「すでに私たちSDと関わった時点で、まどかもこの件には無関係でなくなっているのです」
 「お兄ちゃんもだよ!」
 リュスカが秋間の腕を引っ張る。なんだかうれしそうだ。
 「そうだとしても…」伊吹は反論した。「ロベルタ様は関係ないでしょう?」
 「そんなことはないですね」日本刀を肩に抱えながら壁に寄りかかっていたロベルタが笑った。「私は2年前まで故郷アグジェリアで反政府軍兵士として戦っていたのです。倉瀬どのを襲ったあの男は、かつて故郷で「殺人人形」という名で恐れられていたのですよ」
 「Meグループ社が、自社で開発した兵器の実験場として、アグジェリアの内戦を利用していたのだったな」
 「そうです」
 ロベルタは乾いた笑みを浮かべる。「まさかこんな遠く離れた地で戦友たちのかたきを取れるとは思いもよらなかったのですが」
 「つきました」
 坂井が告げる。停止したエレベータから降りた一行は、薄暗い廊下を坂井の先導で歩き出した。
 「ずいぶんと深いところにもぐったな…」
 「で、電波が弱くて大変です〜」
 「ここです」
 ふるぼけたドアの前で、坂井が立ち止まる。
 「私たちのほかにも宮川くんや他の関係者もじきにやってくるでしょう」
 そういいながらドアをノックする坂井。するとしばらくして、中から「お入りなさい」という男の声が聞こえてきた。坂井は一礼すると、ドアのノブに手を伸ばした。
 部屋の中は、何かの研究室のようだった、数々の測定装置や何らかの機械のパーツ、本、書類などが床といい机といい足の踏み場のないほどに散らかっている。一同がそれらを蹴飛ばさないように慎重に部屋の中に入ると、デスクに向かっていたひとりの男が立ち上がって近づいてきた。伸び放題の白髪に無精髭、だらしなく着ている白衣もいたるところにしみが出来ている。くわえていたタバコを携帯用灰皿に押し付けると、その男はにっこりと笑って手を差し出した。
 「ようこそ。わたしが村上竜三だ」

第4回に続く

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