ACT.1 In action

 「それで、私に何の用ですか?」
 新桜花総合病院の院長・坂井は突然の訪問者に顔をあげた。
 「簡単なことじゃ」
 訪問者―病院でボランティアとして働いている万景寺秀峰(ばんけいじ・ひでみね)はおもむろに口を開いた。「この前壊されたナースドロイドの優香の修理を、Meグループ社に働きかけて急かして欲しいのじゃ」
 「また無茶なことを…」
 坂井は眉間に指を当てた。
 「そんなことが出来るわけないでしょう」
 「じゃが、優香の修理が遅れれば、他のナースドロイドに悪影響が出る…」
 脇に控える弓音(ゆみね)を横目に見つつ、万景寺は食い下がる。「ヌシもMeグループ社に、コネの一つや二つもっておるじゃろう?」
 「そりゃまあ、ありますが…」
 もちろん、坂井はMeグループ日本支社の幹部とコネクションがあった。そのコネを最大限に使って、運用試験機とは言え10体もの大量のナースドロイドを病院に導入することができたのだ。しかし…
 「多分、無理ですよ」
 「なぜそう決め付けるのじゃ」
 万景寺が詰め寄る。坂井は額の汗を拭きながら答えた。
 「実は、万景寺さんがこの部屋に来るちょっと前に、私のほうからMeグループ社に連絡を入れてみたのですよ」
 「なに?」
 「私としても、優香の破損が他のナースドロイドに悪影響を及ぼすのを看過する訳にはいきませんからね。なるべく優香の修理を急いでもらうようにお願いしようとしたのですが…」
 しかし、それに対するMe社の回答は、予想外なものだった。当初、人工筋肉と人工皮膚の損傷だけだと見られていた優香のダメージが、実は背骨まで及んでいた事が精密検査の結果わかったというのだ。
 「な…んだって…」
 弓音が息を呑んだ。サーバントドロイドにとって背骨は、各部への動力伝達や神経系が詰まっている最も重要かつ高価なパーツのひとつである。そのヴァイタルパートが破損されたサーバントドロイドは、通常は修復は不可能と判断され、全損扱いとなる。それはサーバントドロイドにおける死のひとつの形だった
 「それでは…優香は…」
 「…全損扱いだそうです」
 坂井は言いにくそうに答えた。
 「そんな…」
 ショックを受けた弓音が、床にへたり込む。「優香が…全損…」
 「私としても痛い損失ですが…仕方ありません」
 坂井も沈痛な表情を浮かべる。
 「いや…まだじゃ」
 だが、万景寺はまだ諦めるわけにはいかなかった。
 かつて、戦争で多くの戦友たちを失った。圧倒的な敵の攻撃に薙ぎ倒される戦友たち。それを万景寺は、為す術も無く見守るしかなかった。
 自分にもう少し力があれば―自分の乗っていた輸送船が沈んでゆくのを、波間に漂う木片にすがりながら見た若き万景寺は、痛恨の念に身を焦がした。もう少し力があれば、あるいは戦友たちを失う事もなかったかもしれない。もう少し力があれば、船が沈められる事がなかったかもしれない…その想いは、あれから半世紀以上経った現在でも忘れる事が出来ない。そんな自分の過去に、今の弓音やナースドロイドたちの姿が重なって見える万景寺だった。
 「まだ諦めてはいかんのじゃ…弓音!」
 万景寺は決意を秘めた表情で、しゃくりあげる弓音に声をかけた。
 「……」
 「泣いておる暇はないぞ。これから出かけるからヌシも仕度するのじゃ」
 「出かけるって…どこへです?」
 坂井が尋ねる。万景寺はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、こう答えた。
 「決まっておる。Meグループ社に乗り込んで、優香の修理を直談判するのじゃ!」
 「しゅーほー…」
 弓音が万景寺の顔を見上げる。万景寺はひとつ頷くと、右手を差し出した。弓音がそれを握り、立ち上がる。
 「行くぞ、弓音」
 二人は院長室を飛び出し、駐車場に向かう。
 「しゅーほー」
 その途中、ためらいがちに弓音がいった。「あたし、自警団に入ろうと思うんだけど…いいかな?」
 「だめじゃ」
 しかし、万景寺の答えはつれないものだった。「危険すぎる」
 「分かってるよしゅーほー…でも」弓音はふと視線を床に落とした。「あたしは、何も出来なかった自分が悔しいんだ。それになにより、もうこんな思いをする仲間を見たくないのさ…しゅーほーもそうなんだろ?」
 「そうかもしれん…じゃが…」
 サーバントドロイドの人工皮膚は、自己修復しない代わりにちょっとやそっとの衝撃では破損しない耐久性を備えている。一説には、その丈夫さは至近距離から拳銃で撃たれても傷ひとつ付かないといわれているほどなのだ。その頑丈なSDの皮膚を、犯人はやすやすと貫いている上に、SDで一番重要なパーツにダメージを与えているという。優香の傷口を子細に調べた万景寺は、犯人はおそらく、SDの構造に詳しい者か、少なくとも破壊の仕方を知っている者ではないかと推測していた。
 そのような犯人が相手ならば、いくらSDたちが徒党を組んでも、とても太刀打ちなどできまい。むしろ返り討ちにあう可能性が高いだろう。まして弓音はビジネスサポートタイプである。決して荒事は得意なほうではないのだ。弓音の気持ちは痛いほど分かるが、それでも彼女が破壊される危険にさらすわけにはいかなかった。
 彼女のモデルとなった人間の娘と、それに関わった多くの戦友たち―生きている者と、亡くなった者を含めて―のためにも、弓音は自分が守ってやらねばならない。万景寺は、まだ彼らに借りを返していないのだ。
 しかし、万景寺はその思いを口にする事はしなかった。弓音にはただ、
 「今は、まず優香のことを優先させるのじゃ。よいな」
 としか言わなかった。弓音も、万景寺の気持ちを知ってか、あえてそれに逆らうことはなかった。  

 

 同じ頃、同病院の待合室。
 麦藁帽子を目深にかぶった黒髪の少女が、所在なさげに佇んでいた。
 「まったく、なんでわたしがこんな格好をしなければならないのだ…」
 少女はなしのだった。『ノーススター探偵事務所』の所長に仕えるSDである彼女は、外見上の特徴である長い青色の髪を黒に染め、同じくぴんと尖った長い耳を麦藁帽子の中に隠しこんで人間のふりをしていた。服装も普段着慣れているメイド服ではなく、薄手のサマードレスである。なかなか似合っているが、着ている本人からすれば、肌の露出が多く、落ち着かない事この上ない。
 事の発端は数日前に起こった。北町商店会長の深大寺なる人物が、依頼のために探偵事務所を訪れたのだ。氏の依頼は、家出娘の捜索。事情を聞いた所、件の家出娘―ゆかり嬢は、どうやら北町商店会と対立関係にある、南町のショッピングモール『サクラモール』の責任者の息子と駆け落ちしたらしい。
 彼女のマスターであり、探偵事務所の所長でもある倉瀬に事件について問われたなしのは、自分は、好き合っている二人の間を引き裂くような真似はしたくない、と答えた。大の南町嫌いである深大寺氏の態度が気に入らなかったのもあったが、「機械の癖に情が厚い」と倉瀬に評される、なしののそれが本音だった。
 結局、他の仕事が入った事もあり、倉瀬は深大寺氏の依頼は断る事になった。それで氏との縁も切れたと思っていたなしのと倉瀬だったが、翌日、意外なニュースが事務所に飛び込んできた。
 『深大寺氏倒れる。原因は過労。現在、新桜花総合病院に入院中!』
 そのニュースを知った倉瀬は、しばし考えた末に、なしのにある指示を下した。それは、
 「父親のことを心配したゆかり嬢が病院に現れるだろうから、その後を尾けて隠れ家を探し出し、二人の生活ぶりを記録しろ…か」
 なしのはつぶやいた。倉瀬は、今抱えている仕事の展開次第では、深大寺氏とのコネクションが有用になってくるかもしれないと考えていた。そうでなくても、商店会会長の肩書きを持つ氏とのコネが持つ価値は計り知れない。そしてその交渉の材料として、ゆかりに関する情報を活用しようと―つまり「貸し」を作ろうと―しているのだ。むろん、それを聞かされたなしのははじめ反発した。しかし、「お前が、あの二人になにかしてやりたいと思うのなら、まず二人が今どのような生活をしているかを知る必要があるのではないか?」 という倉瀬の言葉に、なしのは言葉を返す事が出来なかった。それは正論だったからだ。
 しかし、倉瀬の態度には釈然としない点もあった。
 「なぜ、わたしに調べさせるのであろな」
 深大寺氏の依頼を受けている訳ではないので、捕まえる義理がないというのは理解できる。ではなぜ、なしのに二人を調べさせるのか。倉瀬は、なしのが深大寺氏の依頼に対してあまり好意的でなかったことを知っているはずである。今後の交渉の材料にするための調査なら、なしのを使わずとも倉瀬自身でできるはずだし、その方が確実だろう。それをわざわざ「二人を助けるためにも調査は必要だ」などまでといって、なしのにやらせようとする倉瀬の意図が掴みきれない。いや、意図は掴んでいたが、なしのはそれを認めたくなかった。
 「…やはり、わたしに気を使っているのであろな」
 サーバントドロイドはユーザーである人間に奉仕するのが目的の機械である。それがユーザーをしてわざわざ気を使わせているというのであれば、本末転倒もよいところだ。本来ならばSDであるなしの自身が、倉瀬に余計な気遣いをさせないよう思考し、行動しなければならないのだ。しかし、なしのの一種高慢ともいえるこの性格、というか思考パターンは、ユーザーである倉瀬が「こんな風にしたい」と求めたものである。それが、普段自分の思考パターンがメイド向きではないと感じているなしのにとっては最も不可解な点であり、普段から自分自身に感じているもどかしさの一因でもあった。
 「SDとしては失格だな、わたしは…」
 自嘲するなしの。その視界の片隅に、一人の少女の姿が映った。なしのと同じく帽子を目深にかぶり、全然似合っていないサングラスをかけているが、それは、深大寺氏が探している次女ゆかりであることに間違いなかった。
 「なるほど、深大寺の言ったとおりの性格らしいな」
 なしのは物陰で感づかれないようにゆかりを見守る。駆け落ちした相手・宮川みづきは近くにいなかった。どうやらゆかりは一人で病院に駆けつけたようだった。最初は父の入っている病室に向かうかどうか悩んでいたようだが、やがて意を決して近くを歩いていたナースドロイドに声をかけた。多分父親の病室を聞いたのだろう、ナースドロイドはゆかりに何事か丁寧に説明し、案内をするような身振りをしたが、ゆかりは慌てた様子でそれを拒んだ。どうやら病室に行くまでの覚悟は決めてないようだった。
 「まあ、そうであろな」
 本心では会いたいのだろうが、彼女には家を飛び出してきたという負い目がある。今更戻って父親に顔を合わすわけにはいかない、とでも思っているのだろう。あるいは、これがゆかりを家に連れ戻す罠の可能性を疑っているのかもしれない。本人はそう思わなくても、駆け落ちの相手から罠の可能性を指摘されたというのは充分ありうる話だ。
 長い時間悩んだ末、結局ゆかりは父のもとを訪れないまま、早足で病院を後にした。なしのがその後を尾行すべく、同じく病院を後にする。

 

 ゆかりは、南町の繁華街を南に向かって足早に歩いてゆく。町の郊外に近づくにつれて、通りの両脇に並ぶ店の数がだんだんと少なくなり、人通りも少なくなってくる。なしのは、ゆかりの姿を見失わないように、そして極力目立たないように注意しながら尾行を続けた。
 やがて、ゆかりとなしのは南町郊外の住宅街に入る。ここに二人の隠れ家があるのか―搭載されたナビゲーションシステムから現在位置を割り出しつつ、なしのがあたりの様子を見ていると、ふいに、ゆかりが駆け出し、目の前の曲がり角を曲がった。
 「しまった、気づかれたのか!」
 あわてたなしのも駆け出す。曲がり角を曲がると、そこにゆかりの姿は無く、代わりに夏だというのにトレンチコートをまとった黒髪の女が、行く手を遮るように立ちはだかっていた。逆光なのとサングラスをしているので人相ははっきりと分からないが、少なくともなしのの記憶メモリに登録されている人物ではない。
 (…ゆかりのボディガードであろか?)
 「オマエ…ナゼゆかりヲ追ウ?」
 妙に抑揚の無い、機械的な口調で女が問う。その喋り方が、プロトタイプのサーバントドロイド―なしのたちYSVD-003の原型となったテスト機のそれに似ているな、となしのは思った。
 「答エヨ!」
 「…なにかの勘違いであろ」
 なしのはとぼけた。「ゆかりとは誰の事だ?わたしはそのような人は知らぬ」
 「トボケルノハ無シニシロ」
 女は疑いを解かない。どうやら何があってもなしのを先に行かせるつもりはないらしい。とはいえ、このまま引き下がるわけにもいかないなしのだった。
 「…答エヨ。オマエヲ雇ッタノハ誰ダ。Meぐるーぷ社か…ソレトモ…」
 と、突然、女の様子が変わった。
 「オマエ…さーばんとどろいどだな?」
 「…まあ、ばれたのなら仕方ないであろな」
 なしのは麦藁帽子を脱ぎ捨て、挑戦的な笑みを浮かべた。長い耳が流れるような髪の間から飛び出す。
 「確かにわたしはサーバントドロイド・YSVD-003Fボディーガードモデルだ。もしわたしを通さないというのなら、そなたを腕ずくで排除することになるぞ」
 ボディーガードタイプのSDには格闘動作プログラムがインストールされている。機体強度も他のタイプよりはるかに高い。見た目は華奢で麗しくても、生身の人間が素手で戦って倒せるような相手ではないのだ。
 しかし、女はなしのの恫喝にもまったく動じなかった。
 「オマエヲ生カシテオク理由ガナクナッタ…」
 不気味な笑みを口元に浮かべながら、女は袖をまくる。その腕が、普通の人間ではありえないメタリックな輝きを放っているのを見て、なしのは息を呑んだ。機械の腕。
 「そなた…サーバントドロイドか!?」
 女の右腕が光に包まれる。それを振りかざしながら、女はなしのに飛びかかってきた。
 「さーばんとどろいどハ全テ破壊スル!」
 「くっ!」
 なしのは咄嗟に背中に背負っていたショルダーバッグを、盾よろしく目の前にかざした。見た目はただのバッグだが、中には電子機器の製作技術に長けた倉瀬が造った、強力な指向性をもった妨害電波の発信装置が仕込まれている。これによりハイパーコンピュータ『マザー』からの遠隔操作で動いているSDを、短時間ながら停止させることが出来るのだ。最近頻発しているSD破壊事件の犯人が、実はSDではないかと予想した倉瀬が、なしのの護身のために持たせた秘密兵器だった。
 (止まらない…!?)
 しかし、大出力のジャミングにも関わらず、女は機能を停止しなかった。右腕を振り下ろす。断ち切られるなしののバッグ。細かな電子部品がアスファルトに散らばる。間一髪、飛びのくように避けたなしのを追うように、再び跳躍する。
 「破壊スル!!」
 「速い!」
 身体を捻って女の突きをかわすなしの。サマードレスの裾が派手になびくが、気にかけている暇が無い。無理な機動からくる身体構造の損傷を自動チェック。左足首に異常。機体強度を越える機動に人工筋肉の一部が耐え切れなかったらしい。足首が動かない。それでも体勢を立て直し、護身術の構えを取る。
 「…そなた…SD連続破壊事件の犯人か?」
 「……」
 なしのの問い掛けに、しかし女は答えない。が、これまでの言動を見る限り、おそらく彼女が犯人なのだろう。なしのの思考プログラムでもそのくらいは類推できる。しかし、そのSD連続破壊犯が、ゆかりと何らかの関係があるというのは予想外だった。しかも―
 「SDなのに…なぜジャミングが効かない?」
 右腕に仕込まれた謎の格闘用エネルギー兵器といい、生身の人間のそれを超えた跳躍力とパワーといい、どう考えても女はサーバントドロイド…しかも軍用にカスタマイズされたものとしか考えられなかった。だが、それではなぜ対SD用電子妨害が効果なかったのか。強力な対電子妨害システムを備えているのか、あるいは…
 (あるいは、完全自律制御体とでもいうのか…でもまさか?)
 女が地面を蹴る。自分の考えに気をとられていたなしのは、一瞬対応が遅れる。あわてて掌底を突き出すが、しかし女はたやすくその突きをいなし、右腕を素早く払った。激しい衝撃。なしのの右の肘から先が、セラミックス骨格もろごと切断され、地面に転がる。右腕を失った事による突然の重量変更にオートバランサが対応しきれず、尻餅をつくなしの。
 「……」
 女は無表情になしのの前に立つと、右腕を振り上げる。もう動けない。なしのは凄絶な表情で、自分を破壊する人物の顔を見上げた。最後まで目は閉じないつもりだった。なしのが見ているこの画像データが、Me社のマザー経由で警察に届けば、あるいは犯人の確保に繋がるかもしれない。
 (そうなればわたしのの機能停止も無駄にはならないであろ…)
 だが、女の腕が振り下ろされることはなかった。
 なしのの背後から、女に短剣が投げつけられたのだ。女は咄嗟に手で短剣を叩き落す。硬い音をたてて地面に落ちる短剣。
 「そこまでにしたほうが、よろしいかと存じます」
 短剣の主が、ゆっくりと二人に近づく。メイド服姿の女性。右手には短剣を構えている。女はしばし躊躇したようだが、やがてなしのをその場に残して素早く立ち去った。新たな相手との勝負を避けたというより、このまま戦いが長引く事で、騒ぎが大きくなるリスクを犯すのを避けた様だった。
 メイド服の女性はなしのに近づくと、そっと抱き起こした。切断されたなしのの右腕の様子を見る。
 「わたしはSDだ。だから、右腕の切断はさほど重大事ではない」
 「そのようでございますね」
 メイド女性はにっこり笑うと、なしのの身体を立ち上がらせて、服についたほこりを払ってやった。そして、おもむろに一歩後に下がると、いきなり手にした短剣をなしのの首筋に押し当て、鋭い口調で聞いた。
 「私めは深大寺家の使用人にございますが…ゆかりお嬢様にいったいなんの御用がございますのでしょうか?」
 自分を助けてくれたはずのメイド服の女性―アスカにいきなり刃を向けられ、なしのは絶句した。

 

 「結局だめだったねぇ…」
 Meグループ社から戻るベンツの社内で、弓音は残念そうに呟いた。
 「そうじゃな…」
 ハンドルを握る万景寺の表情は険しい。
 優香の修理をしてもらうため、Meグループ社に直談判に出かけた万景寺と弓音は、正面ロビーの受付で門前払いを食らってしまったのだ。
 なんとか食い下がって、優香の修理をしてもらうよう懇願した万景寺だったが、責任者と面会する事すらかなわなかった。受付嬢の話では、全損扱いにされたサーバントドロイドは、バラバラに分解された上で他のサーバントドロイドの補用部品になるそうである。人間でいえば、死体から移植用の臓器や角膜を抜き取るようなものであった。すでに優香の身体は補用部品扱いにされており、いくつかのパーツは稼動中のSDの修理用にまわされたらしい。
 「ならば新しい身体は用意できんのじゃろうか。優香の人格や記憶はマザーに残っておるのじゃろう?」
 そう詰め寄った万景寺だったが、受付嬢の答えはそっけないものだった。
 「現在、予備の機体は残っておりません」
 YSVD-003タイプの生産はすでに終了しており、生産ライン再開の予定は今のところ無い。マザーに残った人格データにしても、SDが全損した時点ですべて凍結され、情報分析ののち最終的には必要なデータを残し消去されるという。自分が全損してしまったことを知った人格データが暴走するのを防ぐためだと、受付嬢は説明してくれた。いずれにしても、これで元気な姿の優香に会える望みは、もはや完全に絶たれたのである。
 「ちっくしょう!」
 弓音が悔しそうにドアに拳を叩きつける。
 「なんだって優香が殺されなきゃなんあかったんだよォ! 死んだほうがマシな人間なんて、他にもいくらでもいるだろうに…」
 「口が過ぎるぞ」
 弓音をたしなめた万景寺だったが、想いはまったく同じだった。心優しく、ちょっと甘えん坊の優香は、彼女がサーバントドロイドだからというただそれだけの理由で破壊されてしまったのである。それが何より悔しい。
 「しかし…全損のSDからパーツを抜きとって修理にまわすとは、Meグループ社も意外と貧乏なんじゃな」
 「しかたないよ。あたしたちを構成しているパーツは、みな例外なく高価なんだ」
 弓音は弁解口調でいった。彼女もMeグループ社の製品である。メーカーをけなされるのはあまり気持ちのいいものではない。
 「それに…」
 「それに?」
 「いや、なんでもない」
 弓音は首を振った。あまり知られたくない理由があるようだった。万景寺もあえて追及はしなかった。
 「それにしても」
 弓音はウインドーを開け、首を出して空を見上げる。
 「さっきからずいぶんと飛行機が空を飛んでるねぇ」
 万景寺もそれに気づいていた。旅客機の航路から外れているため、新桜花市の上空を飛行機が飛ぶ事は滅多にない。時折新聞社のヘリや地図製作の飛行機が飛んでいくくらいなものである。それがなぜか、今日に限ってうるさいくらいに飛行機が飛びまわっているのである。しかもそれは、普段目にする旅客機やセスナなどの軽飛行機とは明らかに違っていた。大出力のターボジェットエンジン。おそらくは軍用機である。
 「見えるか?」
 「んー…」
 眩しそうに目を細めながら、弓音は音がする方に目を凝らす。「よく見えない。高いところを飛んでいるのかねぇ?」
 「いや…おそらく小さい飛行機なんじゃろう」
 「ふうん…あたし飛行機って見た事ないからねぇ…」
 目の前の信号が赤になる。万景寺はベンツを止めた。弓音はまだ空を見上げている。
 「そろそろ首を引っ込めるのじゃ。危ないぞ」
 「あ、煙」
 弓音が声を上げる。つられて、万景寺も空を見上げた。雲ひとつない青空。その一点に、シミのように煙が発生している。事故ではないようだった。炎が見えるわけでもないし、爆発音も聞こえてこない。ただ、白っぽい煙が細長い筋を描きながら、ゆっくりと北町の方に延びていくように見えた。
 万景寺の脳裏に、嫌な予感がよぎった。
 「まさか…」
 「え、ええ?」
 二人が見守る中、煙の筋は北町のある一点に吸い込まれるように延びてゆき―ぱっと赤黒い炎が立ち昇った。万景寺が若い頃、戦場で嫌というほど見た光景。多くの戦友たちの命を奪った、二度と見たくないと思っていた爆撃の炎。
 「嘘だろっ!?」
 少し遅れて聞こえてきた爆発音の中、弓音が叫ぶ。その首根っこを掴んで車内に引きずり込んだ万景寺は、すばやくギアをドライブに入れ、アクセルを踏み込んだ。急発進にタイヤが悲鳴を上げる。
 「し、信号無視はだめだよっ!」
 赤信号を突っ切って走り出したベンツの中で、弓音は叫んだ。
 「緊急事態じゃ!」
 万景寺が喚き返す。爆発の起こったのは北町商店街のあたりだった。当然、周辺には買い物客がたくさんいる。おそらく大量の負傷者が出ているに違いない。医者として、一刻もはやく現場に向かい救助活動をしなければならなかった。
 「弓音、家と病院に連絡を入れて、すぐに医師をよこすように言うんじゃ」
 万景寺は開業医を営む娘夫婦のもとで暮らしている。弓音が真剣な顔でうなずき、携帯端末で家と病院に連絡を入れる。それを横目で見ながら、万景寺はつぶやいた。
 「…いったい何がおこったのじゃ…」 

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